教育改革の基本的方向−新学習指導要領−

日時 平成14年6月4日(火)
場所 神奈川県

講師 文部科学省大臣官房審議官(初等中等局担当)  玉井 日出夫 氏

資料
@「変わらない 変わります 変わる 変われば 変わろう」
A「確かな学力の向上のための2002アピール『学びのすすめ』」

 今、世界中が教育改革に大変力を入れています。イギリスのブレア首相は、21世紀の課題は何ですかと聞かれたときに、「1に教育、2に教育、3に教育」と答えています。
 振り返って見ますと、今から20年近く前、1980年代に各国は大変大きな教育改革への第一歩を踏み出そうと国を挙げて議論をしました。アメリカでは、連邦教育省が「危機に立つ国家」(1983年)と題する報告書を公表し、強いアメリカの復活をスローガンに掲げ、イギリスではサッチャー政権になって、ナショナル・カリキュラムとナショナル・アセスメント・テストを導入した教育改革法案(1988年)を成立させました。日本では臨時教育審議会が昭和59年(1984年)に設置され、@個性重視の原則、A生涯学習への移行、B変化への対応の3つを掲げました。
 そして、まさに今、各国は教育改革を具体化しようとしております。その理由は、大きな時代の変化が来ているからです。高度な工業化社会から、脱工業化社会となり、現在は、情報化社会であります。更に今後、知識の社会に変わっていくと思います。一人一人が限られた集団の中にいればそれで大抵のことが済む時代から、今はインターネットを通して、一人一人が直接世界とつながって、個人の力量が問われる時代であります。そして、高度な工業化社会を前提とした社会自体が大きく変化しようとしております。従って、基本的な社会的構造が変わる中で、学校の在り方自体があらためて問われています。そういう意味での教育改革がすでに始まっています。全国を回っていますと先生方の間から、「改革、改革と言わないで、少しゆっくりして欲しい」と言われます。しかし、今までのような10年に1回とか、言ったサイクルでの変化ではなくて、何十年あるいは、百年単位の大きな変化が今来ているという中での教育改革だということをご理解いただきたいと存じます。そうすれば、今の教育改革の大きさ、スピードがご理解いただけるものと思います。
 国によって教育改革の中身は若干違いますけれども、共通している面が2つあります。一つ目は、基礎学力の向上であり、二つ目は、社会規範の遵守あるいは社会性の育成に関する問題、即ち価値に関する問題であります。
 一つ目の基礎学力の向上については、知識の量だけよりも知識の質を問う形での基礎学力の向上が大きな課題となっております。IEA(国際教育到達度評価学会)の調査においても、より広い学力、生活に密着した学力を見ていこうというふうに変わってきています。2000年に行われましたOECD(経済協力開発機構)の調査(PISA)の問題を見ますと、まさに学力の質が問われています。今でのような知識の量だけではなくて、知識の質が問われています。そう意味での基礎学力の向上です。
 二つ目の社会規範の遵守あるいは社会性の育成については、時代が大きく変化する中で、価値観そのものが揺らぎあるいは混迷している面があります。しかしどんな時代であっても、大切な普遍的な価値があります。その価値をもう一度教育の中で教えていくべきであるとの観点から、どの国においても、社会規範の遵守あるいは社会性の育成、道徳と言った価値に関することが大きな柱の一つとなっています。
 日本で言うと、この2点がまさに「確かな学力」と「豊かな心」であります。小・中学校ではこの4月から、完全学校週5日制を前提として、新しい学習指導要領が出発しました。しかも、今回の新しい学習指導要領は、単にカリキュラムだけではなくて、教職員定数の配置の在り方等の教育条件も含めて方向を示しております。
 完全学校週5日制について、私学がなかなか実施しないとか、学力が低下するのではないかなど不安を聞きますので、少し説明させていただきたいと思います。  世界中を見てみましても、6日制は、欧米ではイタリアくらい、アジアでは韓国くらいです。中国でも完全学校週5日制であります。世界中が、今まで一週間を「6+1」のリズムで動いていたものが、「5+2」のリズムで動くようになりました。その中で、世界と同じように日本も「5+2」のリズムで動こうとしたものであります。もともと学校、家庭、地域社会にはそれぞれ役割があり、学校だけで教育ができるものではありません。あらためて、学校、家庭、地域社会がもう一度役割を見直して、それぞれのあるべき姿を考えることが必要であります。
 学校は知識を授けますけれども、社会は知恵をはぐくむわけです。この知識と知恵のバランスを取り戻そうというのが、5日制の本来のねらいです。5日制になりますと世の中のリズムが大きく変わってきますので、時間をかけながらやってきました。平成4年9月から月1回で出発し、平成7年に月2回になり、平成14年から学校週5日制が完全実施されたわけです。5日制の出発から10年経ちますので、5日制の趣旨を忘れてはいないか、もう一度思い出す必要があると考えます。また、子どもたちに「5+2」のリズムを作りあげるためには、月曜日から金曜日までの中で、有意義な土・日の過ごし方についてのきっかけづくりをすることが必要であります。
 この冊子「変わらない 変わります 変わる 変われば 変わろう」の中には、完全学校週5日制の実施を前提とした新しい学習指導要領で、子どもたちの学力の実態だとか、新しい指導要領になるまでの変遷だとか、指導要領の構造とか、評価の問題なりをごくごく簡単にとりまとめたものです。目の前の新しい学習指導要領の部分だけが突出して取り上げられていたきらいがありますので、このパンフレットを作って、過去からどういう目的で進められてきたのか、子どもちの実態がどうなっているのか、ぱっと見て分かるように作りました。
 先ず、子どもの現状のところですが、旧文部省が行ってきた教育課程実施状況調査や、IEAの調査、最近のOECDの調査などをごく簡単にまとめたものです。そこから分かることは、「日本の子どもたちは、覚えることは、得意であり、計算、読みとりもそれなりに力を持っていますが、学習が受け身で、自分で調べたり、判断したり、自分で表現する力が弱い。」ということです。IEA、OECDの調査を見てもテストでとる点数は高くトップグループにあると言っても過言ではありません。しかしながら、理科、数学が好きかというと、必ずしも好きで勉強しているわけではありません。そもそも生活に役に立つ、将来役に立つと思って勉強しているわけでもありません。更には、学校外で自分で勉強する時間がどのくらいあるかという設問では、非常に低く参加国の中で最下位です。
 OECDの問題を見ると、高度な工業化社会から次の知識社会に向かって、知識社会を支える基礎的な学力を世界がどのように見ているかが分かります。今までのテストのような決まりきった答えがあってそれを素早く書けば良いのではなく、例えば、「落書き」に関する問題では、その子どもなりに考えたオリジナルな回答を書けているかが問われます。このオリジナルな回答を問われる問題では、白紙の子どもの割合が日本が高くなっています。難しいことに、自分で考えなければならない問題にトライしない子どもたちが日本は多いのです。また、平均点では高いレベルでありますが、トップレベルの子どもが少ない状況です。伸びる子どもが伸びていない状況が見えます。
 今、学力低下ということで、分数のできない大学生の増加、読み書きそろばんの力のについての批判がなされておりますが、昭和40年代後半から昭和50年代にかけての批判は何だったかを思い出しますと、2つのキーワードがありました。一つ目のキーワードは、日本の教育は新幹線教育である。二つ目のキーワードは、剥がれ落ちる学力、剥落する学力。即ち、沢山の知識の量を求めて、新幹線のように次から次へとただただ飛ばして行き、テストのために一時は覚えているけれども、テストが終われば、忘れてしまう学力、剥落する学力であると批判されました。そこから、昭和50年代のカリキュラムで、今までの、知識の量をただただ増やす教育から方向転換を致しました。今、「ゆとり」ということばが、どちらかというとマイナスのイメージで使われておりますが、「ゆとり」ということばが出ましたのは、このときです。 このときのことばは、「ゆとり」と「充実」の両方です。即ち、沢山の知識を覚えることばかりを追うよりも、ひとつの事柄をしっかり学び、本物の学力を身につけようということであります。その流れの中で、今日に至っております。
 新しい学習指導要領でも、50年代のカリキュラムで出されました「ゆとり」と「充実」の考え方が生きております。それは、基礎基本の徹底と自ら学び自ら考える力、単なる暗記ではない本物の学力を求めて行こうということです。具体的には、OECDの調査でねらっているような学力です。新しい学習指導要領で突然変わったことではなく、昭和50年代カリキュラムから徐々に進めてきたことです。この間の流れを少し煎じ詰めて申し上げますと、授業方法や教育の考え方が3つ変わってきています。
 一つ目は、一律に教える考えかたから、共通に学ぶ事と個に応じて学ぶ事の両面があるという考え方に変わってきました。具体例が、選択教科の導入、習熟度別学習の展開であります。
 二つ目は、一斉授業を中心とした指導方法から、一斉授業だけではなくて、多様な学習方法・指導方法を取り入れるようにしたことであります。  具体例では、ティームティーチング、グループ学習、個別学習の導入であります。
 三つ目は、知識中心主義から、知識を大切にしながらも併せて体験、実感を重視しようとする考え方に変わってきました。新しい学習指導要領では、実験、観察、調査、研究、発表、討論を大変重視致しました。
 その典型が、総合的な学習の時間の活動ですけれども、総合的な学習の時間にとどまっていません。各教科にもそのことが入っております。実験、観察、調査、研究、発表、討論、即ち受け身の学習から、いわば、能動的な学習、発信型の学習へ変わってきています。総合的な学習の時間に対して、さまざまなご意見はありますが、OECDで求めるような学力は、教科の縦割りだけでは、なかなか付きません。本当にOECDで求めるような学力を身に付けるためには、教科で培われた基礎基本を使ってより知の総合化、総合的な力を身に付ける必要があります。そして、総合化された力が、再度、各教科の学習内容を深めるというサイクルができれば、子どもたちに本物の学力が身に付くと思います。
 「ゆとり」と「充実」の本当の意義は何なのかと言いますと、要は、画一的な教育からより個に応じた教育へとバランスをとってきていることだと思います。もっと端的に言えば、効率を重視した教育から、プロセスを大切にする教育、手間ひまかけた教育に変えることだと思っています。例えば、理科の実験を例にあげれば、教科書の上で数多くの実験を取り上げ、それぞれの実験のプロセスをただ単に覚えて理科の実験をとりあえずは知ったという教育から、むしろ2つ3つに厳選はするけれども、準備段階から仮説を立て検証し、ときには失敗をして、そこで悩み考えるそういう手間ひまをかけて、本物の学力を身に付けることが大切であります。
 よく学力についてご批判をされる方がいらっしゃいますが、何が本当の学力なのか、何が問題なのかについて、ご理解いただいていないのではないかと思います。
 学びからの逃避、学ぶ意欲の低下、そこが本当の問題であります。これは豊かで便利な社会の中で起きてきた問題であると思います。そういう中で、子どもたちに自分の生活実感、生活体験の中から、興味・関心・疑問を持ち、得られた知識が本物になり、さらにそれを使って次に挑戦していく、そういうことを求めていかなければならない時代になってきました。
 平成8年の中央教育審議会で初めて「生きる力」ということばが出されました。即ち、基礎基本の徹底と自ら学び自ら考える力、美しいものに感動したり、思いやりの心、正義感をもつ心、そしてそれを支える体力と健康、実際に社会に出て子どもたちが直面する問題を乗り越える力を身に付ける必要があるという発想の基で「生きる力」ということばが出されました。
 ちょうどそのころ、ユネスコが国際教育委員会で、これからの学習で何が大切かという議論の中で、4つの学びが大切であるというレポートを出しました。「@知ることを学ぶAなすことを学ぶB他者とともに生きることを学ぶC人間として生きていくことを学ぶ。」まさしく、日本で言う「生きる力」です。
 この3月26日に英字新聞のジャパン・タイムスで、日本で完全学校週5日制が始まるということで特集を組みました。ゆとり教育が、英語で「リラックスト・エデュケーション」と直訳されておりまして、愕然としました。手間ひまをかけたプロセスを大切にした教育を50年代から進めてきたものが、いつのまにかリラックスト・エデュケーションに訳されるようになってしまいました。やはり「ゆとり」だけでなく「ゆとり」と「充実」のバランスが大切だと思います。場面、場面に応じて子どもたちにきちんと教え込むことが大切であります。基礎基本を確実に身に付ける場面では、きちんと教え込むことが大切です。詰め込みがいけないのだから、教え込むこともいけない、あるいは教師が指導するよりも、全て学習者中心で行うべきだ、あるいは、子どもに対する教育は自主性が大切なので、指導ではいけない、支援であるべきであるという方もいます。しかし、これはバランスを欠いた考え方であり、敢えて言えば間違った考え方です。「ゆとり」と「充実」のバランスが大切であります。「ゆとり」だけが一人歩きをし、妙な解釈で教育が行われることに対しては大変心配をしています。場面、場面において、教師指導型できちんと教え込む場面と、子どもたちの自主性をはぐくみながら、興味関心を生かしながら支援する場面と、指導・支援の両方が大切です。
 2つのことを思い起こしていただきたいと思います。
 一つ目は、学習指導要領は最低基準であるといういうことを文部科学省が急に言い出した言われますが、昭和33年の教育課程審議会の答申の一部を申し上げますと、「国の教育内容に関する最低基準であるとしての性格を明確にせよ」というのが指摘であります。ですから昭和33年以来、指導要領は、最低基準でありました。しかし、実態として知識の量は大変多かったわけです。また、たった一人の先生が黒板を背に、50人あるいは55人の生徒を前にして一斉指導を行っていたわけです。より発展的な学習を、より補充的な学習をするのは難しい状況でした。それ故に、基本的な性格は、最低基準でしたけれども、実態としてそこまで機能していたかというと議論が大きく分かれるところです。精選が始まり、教育条件も前回の教職員の定数改善によってティームティーチングが入って、たった一人の教師でなくて、組織的に教えることができるようになりました。共通の場面もあれば、個に応じた場面、一斉授業の場面もあれば、ティームティーチングの場面もある形態になったときに、最低基準の性格がより明確になってきました。
 二つ目は、習熟に応じた教育であります。未だに根深い議論があります。習熟度別が最初に入ったのは、昭和50年代の高等学校です。そのときは、習熟に応じた教育は、差別、選別でないかと大変な議論になりました。私は、習熟度に応じた、つまり個人差に応じた教育は、差別でもなければ選別でもないと確信しております。その10年後、中学校に初めて習熟度別が入りました。そのときは、高等学校に習熟度が入った時と比べ、おおきな騒ぎになりませんでしたが、義務教育に習熟度を導入することは、差別であるとの議論が起きました。今回、小学校に個に応じた指導をすることを明確にしました。教育条件の面においては、今回新たな定数改善計画が平成13年度から、5カ年計画で進んでおり、この中で少人数、ティームティーチングによって習熟度別に指導ができることを前提とした教育条件を整備しております。
 一律に教えることも大切だと思っていますが、それだけでは限界が出てきております。それよりは一律の指導と個に応じた指導のバランスをとって教えることが大切だと思います。決して差別、選別ではありません。このことについては、多くの学校で共通理解が進んできたと思います。それは前回の定数改善計画で、ティームティーチングの加配を1万人以上行いましたが、それによって多く学校がティームティーチングを行いました。ティームティーチングには、2クラスを3グループに分けるとか、いろんな形態があります。保護者にも理解していただきながら、グループを子どもたちに選ばせる工夫もしています。一人の教師でなく、学校全体で理解して進めることが求められています。前回導入されてから大分進んできており、明らかに教育効果は上がっております。特につまずいている子どもには大きな効果が出ております。クラスサイズを下げるだけでなく、指導方法に応じた定数改善が必要です。
 評価についてですが、子ども一人一人に着目して、子ども一人一人がある目標に達しているかどうかを個人差に応じた評価、即ち絶対評価に変わってきます。一律であれば全体の中での位置づけですみますが、個人の目標に達したかどうかになりますと、絶対評価が必要になってきます。目標に準拠した評価です。子どもたちの評価だけでなく、学校の評価もする自己点検、学校評価をして、公開することが求められています。教師にとっては、子どもに付加価値をどれくらいつけたかを明らかにすることが求められています。また国も説明責任を果たすため、全国的な学力調査を実施する必要があります。絶対評価になると、教員の恣意的な評価が行われオール5がつくのではないかと議論が出てきますが、学校評価が公開される時代ですから説明責任があり、指導責任が問われますので心配はありません。世界各国の評価においても目標に準拠した評価、即ち絶対評価が実施されています。IEA、OECDの調査で明らかになった課題、即ち学ぶ意欲、学びからの逃避が起きていることへの解決策としては、きめ細かい指導が大切であります。
 もう一つの大きなことが心の教育であります。時代の大きな変化の中で、価値観が揺らいでいる時であります。普遍的な価値をしっかり教えて行こういう運動が起きています。ある意識調査によれば、日本の子どもは、他国に比べ、夢がない、自信がない、アイデンティがないという結果が出ております。このために、文部科学省は、つい最近、「心のノート」を作成し、全国の全ての小・中学生に配布しました。有効に使っていただきたいと思います。今月中に教師の手引きも作成して配布しようと進めています。保護者の方にもご理解をいただきたいので、保護者向けのパンフレットを作成致します。心のノートは、大切にすべき普遍的な価値、思いやりだとか正義感、美しいものに感動する心、そういうあたり前の普遍的なものに気づくきっかけづくりに使っていただきたいと存じます。子どもにとって日々の自分を振り返ってみる生活ノート的な性格もありますし、小学校の低学年であれば、親子で会話するきっかけに使えると思います。
 日本には残念ながら道徳に対するアレルギーがありますので、試作本の段階で、昨年の12月に、約200校弱の学校でモニターニングを致しました。保護者の方々からは高くご理解していただきました。普遍的な価値を躊躇しないでしっかり教えることが大切だと思います。豊かな心をはぐくむ教育をしっかり進める必要があります。実際に体験することによって気づくことも多いものです。完全学校5日制の趣旨を生かし、豊かな親子の体験、親と子が一緒に行う自然体験、社会体験、知識と知恵のバランスを取り戻すことが大切であります。

まとめ
 お願いをいくつかさせていただきたいと存じます。
 一つのお願いは、各地域の研究会、研修会等で私の話を伝えていただきたいということです。世界が目指している基礎学力の向上は、新学習指導要領がねらっている力であります。「生きる力」は抽象的で分かり難いですので、特に保護者にOECDの問題(PISA)を見せていただきたいと思います。今までのテストとは違いますよということを論より証拠で見せていただきたいと思います。
 もう一つは、ゆとりと充実のバランスです。バランスを大切にしていただきたいと存じます。ゆとりと充実のバランスが大切であります。

 これから先は、文部科学省からの説明ではなく、北九州市の教育長を務めました私自身のことばです。
 それは、学校には教えるという教師文化、学ぶという学校文化があったはずであります。それが、今ゆるんでいないか、希薄になっていないか是非問いかけていただきたいと存じます。教える教師、学ぶ学校、ごくごく当たり前に行われてきたことが、豊かな便利な社会の中で、どこかで希薄になっていないか。これを是非問いかけていただきたいと存じます。どの学校にも教師文化、学校文化があります。これを本当に伝えられるのは、口うるさい先輩であります。あらためて口うるさい先輩、校長先生の役割が大切になってきます。

 最後にカリキュラムセンターのことを述べさせていただきます。
 文部科学省の省庁再編に併せて、国立教育研究所を改組し国立教育政策研究所とし、そこに、教育課程研究センターと生徒指導センターを設けました。まさに、カリキュラムセンターとしての性格を教育政策研究所は持っています。そういう時代に入りました。実証的なデータを常に収集し、日々の教育活動から吸いあげられた実践のデータを国のカリキュラム作成に反映させるというサイクルが大切であります。国の説明責任を果たすために、具体的な調査をすることが必要です。
 私は、教育において、理念は大変重要であると思いますが、同時に実証的なデータに耐えうる実践、その両面 が大切であると思っております。そこでカリキュラムセンターが大きな役割を果たすものと思っております。
 以上文部科学省で進めています、確かな学力、心の教育について説明させていただきました。文部科学省が進めている方向性は、世界の方向性と同じであります。自信を持って進めていただきたいと思います。
 教育改革のお手本はありません。どこかの国のマネをすればいいとはいきません。実践を積み重ねて解決する以外にありません。そのためにもこの会の役割は重要です。さらなる努力をお願いいたします。
   以上