「児童生徒の職業観・勤労観を育む教育の
推進に関する調査研究」報告書(概要)
○調査研究の目的
児童生徒の進路意識や職業観・勤労観の育成が重要な課題となっている今日、学校における進路指導において、児童生徒が自己の個性を理解し、主体的に進路を選択する能力・態度を育てるとともに、職業に関する知識や技能を身につけさせる取組の充実が求められている。
本調査研究は、こうしたことを踏まえ、小・中・高等学校一貫した系統的な進路指導の取組の在り方について分析・検討し、職業観・勤労観の育成に向けた指導の改善・充実に資することを目的として、実施したものである。
○調査研究の概要
第1章 今,なぜ,「職業観・勤労観」の育成が求められるのか
今日,若者の職業観・勤労観や学ぶこと・働くことへの意欲や態度の形成をめぐって様々な課題が指摘されている。その背景には,生活環境等の変化による子どもたちの発達の変化,産業・経済の構造的変化や雇用・労働市場の多様化・流動化の進展等が考えられる。
こうした新たな状況の下,子どもたちが自己の進路を主体的に切り拓き,将来,自立した個人として力強く生きていくためには,その基盤となる意欲や態度及びこれらを根本において支える職業観・勤労観を育むことが極めて重要になっている。
第1節 子どもたちの進路・発達をめぐる環境の変化
1 高校生の進路状況の変化
子どもたちの進路選択の最も大きな分岐点となっている高卒段階での進路状況は,少子化や産業・経済,雇用情勢等の激しい変化等を背景として,近年,進学率の上昇(10年間で49.1%→62.8%),就職率の下降(同33.1%→17.1%),無業者率の上昇(同4.7%→10.5%)といった傾向が顕著である。
2 生活体験・社会体験等の機会の喪失
都市化,核家族化の進展などによって,子どもたちが様々な直接体験を得る機会が減少し,@働くことの厳しさや喜び,成就感や自己有用感等の獲得,A対人関係能力や社会に適応していく資質・能力の形成,B生きた学びの成立等々,発達課題の達成及び目的意識や職業観・勤労観の基盤形成に様々な影を落としている。
3 経済的豊かさの実現と価値観の多様化
経済的豊かさの増大,価値観の多様化等が進行し,人々の職業選択の在り方も変わりつつある。こうした変化が,価値観や職業観・勤労観の確立という発達課題に立ち向かう若者に,「豊かさ」と「多様化」の中での選択基準・技術の獲得という新たな負荷を課し,これまで以上に強い葛藤や心理的圧迫を強いている。
第2節 子どもたちの職業観・勤労観の現状とその育成をめぐる新たな状況
1 子どもたちの職業観・勤労観の現状
若者の職業観・勤労観等について,学校・企業関係者からは未成熟や低下といった厳しい評価が大勢を占める一方,若者自身の就業への意欲や働く目的に関する意識には大きな変化は見られない。
職業意識・理解については,マスメディアの情報による影響が大きく,自己の興味や好み,自己実現を重視する傾向が見られるが,職業の実際や関連情報の獲得・活用の方法,自分の能力・適性の理解は不十分である。
これらは,職業の実際を把握できず,自己の生き方と職業との関連づけを十分に行うことができない子どもたちの実状等を示唆していると考えられる。
2 職業観・勤労観の育成が不可欠な「時代」
学校から職業への接続の構図は,かつて,労働力確保が優先された時代から大きく変化し,個人の生き方や職業人としての意欲や資質・能力,高度な対人能力等が厳しく問われるようになっている。
こうした時代にあって,職業観・勤労観は,社会や企業が求める人材を養成するといった役割を超えて,全ての子どもたちが自立し,他者と協働して生きるために身に付けなければならない最低限の力ともいうべき性格を持っている。
第2章 職業観・勤労観を育む教育の意義
第1節 職業観・勤労観の定義
1 職業観・勤労観とは何か
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2「望ましい職業観・勤労観」とは何か
子どもたちが働く意義や目的を探究し,一人一人が自分なりの職業観・勤労観を形成・確立していく過程を指導・援助することが大切である。その際,多様性を大切にしながらも,それらに共通する要素として,職業の意義についての基本的な理解・認識,自己を価値あるものとする自覚,夢や希望を実現しようとする意欲的な態度など,「望ましさ」を備えたものを目指すことが求められる。
第2節 職業観・勤労観の育成に取り組むに当たっての基本的な考え方
1 学ぶこと・働くことへの意欲を高める
子どもたちの学ぶことや働くことに対する意欲の低下が課題として指摘されている。このため,@分かる授業等によって学習への動機を高め,それを進路意識の高揚や将来の上級学校・職業の選択につないでいくこと,A子どもたちが,将来の夢や希望をしっかりと描くことを通して,今,なぜ,何を学ばなければならないのかを自覚し,学ぶことや働くことへの意欲や目的意識をより確かなものしていくため取組を充実する必要がある。
2 職業観・勤労観の形成過程を支援する
子どもたちは,確固とした職業観・勤労観を持つことが強く求められる時代に生きながら,それを形成することが難しい状況に置かれている。このことを踏まえ,@職業観・勤労観の形成には,子どもたちの努力だけでなく周囲の指導・援助が不可欠であり,支援によって育むことができるという共通認識を持つこと,A小学校段階からの様々な体験の確保,現実の社会に対する多様な情報の提供及びその活用方法等を習得させること等を通して,考える力,学ぶ力,選択する力を育成すること,Bその際,個別の指導・援助,相談等の充実に留意し,教員のガイダンス・カウンセリング等にかかる資質・能力の向上を図ることが求められる。
第3章 今,進路指導の在り方の何が問われているか
第1節 学習指導要領における進路指導の位置づけの改善
− 略 −
第2節 進路指導の改善・充実に向けた主な課題
1「進路指導」に対する正しい認識の共有
生徒の成長・発達や進路をめぐる環境が大きく変化し,進学や就職のためだけの指導が有効に機能しにくくなっている今日,長年の課題として指摘され続けてきた本来の進路指導への転換が緊急の課題となっている。進路指導は,生き方にかかる組織的・継続的な指導・援助である。このことを教職員全体がしっかりと認識し,積極的に指導内容・方法等の見直し・改善を進めることが強く求められる。
2 指導内容・方法等の改善・工夫
中・高等学校での進路指導の取組には,生徒の要望や評価との間にズレがあったり,生徒の進路意識や進路選択態度の変容に十分結びついていなかったりする状況が見られる。
このため,生徒の実態や学習ニーズを踏まえつつ,各取組の目的を十分認識するとともに,生徒の心に届くという観点に立って,常に,指導内容・方法及び計画等を点検し,生徒一人一人を温かくきめ細かく支えていく姿勢を一層確立していく必要がある。
その際,児童生徒の発達の全体を見通した適時性や系統性に留意し,小・中・高等学校がそれぞれの役割を認識し,情報交換等を密にして取組を進めることが大切である。
3 計画的・組織的な進路指導の展開
完全学校週5日制の実施,総合的な学習の時間の設置,選択幅の大幅な拡大など,新教育課程の枠組みは大きく変化し,また,学校教育法の一部改正を受け,体験活動の充実とその計画的実施が求められている。
このことを踏まえ,ガイダンスの充実を図るとともに特別活動,教科,道徳,総合的な学習の時間の目的・ねらいを踏まえた有機的な関連の下,より計画的・組織的に進路指導の取組が展開できるよう,教職員が一体となって全体計画を見直していく必要がある。それは,進路指導についての正しい認識が共有されていく重要な場でもある。
4 産業・経済社会の現実についての的確な情報提供
マスメディア等による間接的・一面的な職業関連情報や仮想の現実が増大し,子どもたちの世界に,現実を知らない(知らされない)中で「やりたいこと」に過剰にこだわったり,安易にあきらめたりする傾向が拡大していることが危惧される。
このため,職場見学・体験やインターンシップ,先輩や企業人の経験の活用,産業・経済の動きや雇用の変化等についての十分な情報提供等により,子どもたちに職業の世界が現実感をもって見えるようにする必要がある。また,教員自身が産業界の動きや職場の実情についての見聞と認識を深めることが求められる。
第4章 職業観・勤労観を育む進路指導をどのように進めるか
第1節 職業的(進路)発達と諸能力の育成
1 職業的(進路)発達段階と進路指導
従来,進路指導において,発達段階ごとに育成すべき能力や態度を設けて取り組まれることは少なく,それが進路指導の取組の計画性や系統性を曖昧にし,各教科,道徳,特別活動等の有機的な関連づけが進みにくい一因になっていると考えられる。
今後,小学校段階からの職業的(進路)発達という視点に立って,児童生徒がそれぞれの発達段階に応じ,自己と進路・職業との「関係付け」を適切に行い,職業的(進路)発達に必要な能力・態度を獲得していくことができるようにすることが大切である。
2 学校段階における職業的(進路)発達課題
別紙「学校段階別に見た職業的(進路)発達段階,職業的(進路)発達課題」参照
3 職業的(進路)発達段階を踏まえた諸能力と態度の育成
小・中・高等学校の各段階における職業的(進路)発達課題及び育成すべき能力・態度を基本的な軸とする,構造化された枠組みに基づいて進路指導の取組を展開することが求められる。併せて,評価の観点と言うべきものを明確にしておく必要がある。
第2節 職業観・勤労観を育むための学習プログラムの枠組み(例)
1 学習プログラムの枠組み(例)の構造
先行研究等に基づき,改めて小・中・高等学校の各段階における職業的(進路)発達課題を検討・整理するとともに,これらの課題達成との関連で育成することが期待される具体的な能力・態度を一般的な目安として示したものである。能力・態度を「人間関係形成能力」,「情報活用能力」,「将来設計能力」,「意思決定能力」の4つの能力領域に大別するとともに,それぞれを構成する能力を各2つずつ計8つの能力で構成している。(別紙「職業的(進路)発達にかかわる諸能力」参照)
2 学習プログラムの枠組み(例)の活用に当たっての留意点
枠組み(例)は,児童生徒の職業的(進路)発達の見取り図ともいうべきものである。実践に当たっては,4つの能力は相互に深く影響を与えあうこと,一つの活動によって複数の能力・態度の伸長が可能であることなどに留意し,全ての段階(学年)において,4つの能力の全体を総合的に発達させることを目指して取り組むようにすることが大切である。 枠組み(例)が,これまでの進路指導の全体計画,内容・方法等の在り方を改めて点検・評価し,今後の指導に生かしていくことが期待される。
(別紙)
1 学校段階別に見た職業的(進路)発達段階,職業的(進路)発達課題
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2 職業的(進路)発達にかかわる諸能力
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※報告書には,上記1を横軸,2を縦軸とし,各発達段階において育成することが期待される具体的な能力・態度をマトリックス形式の一覧にして示している。