「国立教育研究所広報第124号」(平成12年1月発行)



学級経営をめぐる問題の現状とその対応
―関係者間の信頼と連携による魅力ある学校づくり―



教育経営研究部 学校経営研究室長 小松 郁夫



1.研究の経緯
 「学級経営研究会」(研究代表者・国立教育研究所長 吉田茂、研究総括責任者・小松郁夫)では、それまでの国立教育研究所などでの研究の蓄積を踏まえながら、平成11年2月、文部省から研究委嘱を受け、いわゆる「学級崩壊」といわれている現象の実態について全国各地で関係者から聞き取りを実施した。同研究会は国立教育研究所員、研究所外の研究者、教育行政担当者、学校現場の関係者等を構成メンバーとしている。
2.「学級がうまく機能しない状況」とは
 学級経営研究会では「学級」を1年間という「時間」と、教室という「場」においてつくり上げられるものと捉えた。そのため、既存の強固なものが壊れるという意味合いが強い「学級崩壊」という言葉は使わずに、「学級がうまく機能しない状況」という表現を使い、問題状況の構造的な分析や理解に努めた。
 「学級」は、種々の要因によって集まった多様な子どもたちと教師との間でつくり上げていくものである。その過程では、様々な葛藤や摩擦が生じやすい。しかし、それは「あってはならないものではなく」、むしろ「自然な成り行きである」と考えるべきである。このような観点からみると、学級経営は、新しい生活集団・学習集団として設けられた学級という場において、さまざまな葛藤や摩擦を経験しながらも、その学級に固有の秩序をつくり上げていく取り組みであると言える。
 そこで「学級がうまく機能しない状況」を「子どもたちが教室内で勝手な行動をして教師の指導に従わず、授業が成立しないなど、集団教育という学校の機能が成立しない学級の状況が一定期間継続し、学級担任による通常の手法では問題解決ができない状態に立ち至っている場合」と定義した。
3.調査データの概要
 約半年間の調査を踏まえ、同研究会では調査事例の分析と考察を行い、9月に中間報告書を公開している。調査データから考察した概要は、以下の通りであった。

(1)学級がうまく機能しない状況にあるとした件数:102学級
(ア)学級担任の性別: 女性:72名
男性:30名
(イ)学級担任の年齢: 20歳代:10名
30歳代:20名
40歳代:49名
50歳代:23名
(ウ)学年別: 1年生:7学級 2年生:12学級
3年生:12学級 4年生:13学級
5年生:29学級 6年生:29学級
(エ)類型別・・・ケース1〜10(後述)
(2)調査結果の概要

  1. 学級がうまく機能しない状態は、調査結果から見る限り、担任の性別、学年、学級規模との特定の相関は見られなかった。
  2. 学級経営の困難な状況には「教師の学級経営が柔軟性を欠いている事例」が約7割ともっとも多く、また、次に多かったのが「授業の内容と方法に不満を持つ子どもがいる事例」であった。しかし、このことは、しばしば誤解されているように、教師の責任が7割という責任論の数値化を意味しない。問題の要因として、教師の指導力をその一因とした事例が約7割あったという意味である。
  3. むしろ重要なのは、何らかの意味で教師の責任や力量不足が皆無であるとは言えないが、その他の教師をしても問題状況の克服が困難であった事例が、3割ほどあったという点である。こうした困難状況への対応には、校長のリーダーシップや校内の連携・協力の確立、家庭や地域及び関係機関との連携・協力、問題状況への早期対応などが重要であるという調査結果が得られた。

(3) 10のケース及び類似ケースの考察から導き出された対応策
調査研究した事例の考察にあたっては、問題状況の要因が類似しているものを10の類型に分類し、それぞれのケースについて以下のような対応策を仮説的に提示した。しかしすべての事例が、類型のタイトルが示す単一の要因から起こるのではなく、複数の要因が絡み合って引き起こされている点に留意する必要がある。このように、「学級がうまく機能しない状況」に対処するには、安易に特効薬を求めるのではなく、複合的に絡み合っている要因の一つ一つを分析・考察していくことが重要なのである。

ケース1 就学前教育との連携・協力が不足している事例(11学級)
・子どもの実態に即した学級づくりを進めること、就学前教育との連携・協力を進め、必要な情報を交換すること。
ケース2 特別な教育的配慮や支援を必要とする子どもがいる事例(26学級)
・教育的配慮が必要かどうかの的確な判断をすること、息の長い取り組みのための体制づくりをすること、一人一人の子どもの「違い」を生かす学級づくりをすること。
ケース3 必要な養育を家庭で受けていない子どもがいる事例(21学級)
・子どもの教育環境を的確に把握し、関係機関との間に連携・協力関係を築いたり、子どもとの間の信頼関係を築くこと。
ケース4 授業の内容と方法に不満を持つ子どもがいる事例(65学級)
・授業方法の柔軟な選択を行うこと、そのため校内研修等の充実やTT、体験的な活動など多様な工夫を行うこと、授業時間以外の言葉かけの工夫も大切であること。
ケース5 いじめなどの問題行動への適切な対応が遅れた事例(38学級)
・いじめに対しては子どもの心理の理解に努め早期の適切な対応をするなど、根本的な問題を探り当て、組織的に対応すること。
ケース6 校長のリーダーシップや校内の連携・協力が確立していない事例(30学級)
・教員の異動直後は校務分掌などで経営的配慮をし、問題状況に対しては、校長はリーダーシップを発揮して、職員の間に相談しやすい雰囲気づくりを進めること。
ケース7 教師の学級経営が柔軟性を欠いている事例(74学級)
・学級間の情報交換などによって、問題状況に関する共通理解を図ること、学級担任の指導力を高めるための適正な校内人事に配慮すること。
ケース8 学校と家庭などとの対話が不十分で信頼関係が築けず対応が遅れた事例(24学級)
・学校の説明責任を果たすこと、保護者との対話や情報交換を工夫するなど、一体となって問題解決に取り組むこと、地域や教育委員会等との連携を推進すること。
ケース9 校内での研究や実践の成果が学校全体で生かされなかった事例(16学級)
・校内の組織体制の充実を図ること、TTなど教授・学習組織の工夫を行い、それを校内で学び合うこと。
ケース10 家庭のしつけや学校の対応に問題があった事例(14学級)
  1. 早期の実態把握と早期対応
  2. 子どもの実態を踏まえた魅力ある学級づくり
  3. ティームティーチングなどの協力的な指導体制の確立と校内組織の活用
  4. 保護者などとの緊密な連携と一体的な取り組み
  5. 教育委員会や関係機関との積極的な連携

を指摘した。



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