「国立教育研究所広報第121号」(平成11年7月発行)
学校評価に関する実証的研究―その概要と学校評価導入の展望―
1.はじめに
平成8年度から平成10年度にかけて、教育経営研究部では、文部省から科学研究費補助金(基盤研究(A)(2) 課題番号08401010)の交付を受けながら、「学校評価に関する実証的研究」(代表 牧昌見次長)に取り組んできた。この研究を進めるにあたって事務局を担ってきた立場から、研究の概要と今後の課題について、若干の私見も交えながら、述べていきたい。
さて、昨今の教育改革の進展や少年非行などの問題状況の深刻化とあいまって、保護者・地域住民の教育への関心が高まり、学校のあり方についての疑問も強まってきている。しかし、学校評価については、その重要性が叫ばれつつも、一部の地域や学校を除いて、十分な定着をみないまま今日にいたっている。この点を克服することが研究上の重要な課題であり、そのため本研究も、実行可能な学校評価の仕組みを追究するべく、インタビュー調査や質問紙調査など、種々の方法を組み合わせながら、「実証的」に進めてきた。
それだけに、事実の追跡と分析に手間取り、いまだ分析を終えていない事柄や資料も少なくない。そのため、ここでもまだ一部の結果しか示し得ない点、したがって結論もまた仮説の域をでない点をご容赦いただきたい。BR>
2.研究成果報告書の構成
この研究成果をとりまとめた「最終報告書」(平成11年3月)は、次のように構成した。
はしがき
T.序論:学校評価研究の課題
U.日本における学校評価の歴史分析
1.日本における学校評価史の概観/2.戦前日本における「学校評価」実践の概要/3.戦後日本における「学校評価」の導入と展開/<研究ノート>(1)戦後教育改革期における学校評価実践のバックグラウンド/(2)北海道における学校評価構想の展開/(3)大津市における学校評価実践の展開
V.日本における学校評価の事例と調査分析
1.学校経営診断カード開発の試みとその活用/2.「優れた学校」の特性分析/3.質問紙調査結果の概要/<資料紹介>
(1)秋田県―評価項目の構造化/(2)高知県―授業評価の導入
W.外国研究―外部セクター方式を中心にして
1.オーストラリアにおける学校評価(1)Brian Caldwellの学校経営理論に関する考察/(2)ビクトリア州におけるアカウンタビリティー/2.ニュージーランドにおける学校評価(1)外部評価機関による学校評価の現状と課題/(2)外部評価機関による学校評価―政策立案への助言機能を中心に/3.イギリスにおける学校評価―第三者機関の位相/<研究ノート>ドイツにおける学校評価導入の視点
X.外部セクター方式導入の視点―総括にかえて
<附属資料>
3.「学校評価」とは何か
この問いに答えるのは、簡単なようで難しい。それは、一つには論者が、各自の論点に合わせて微妙に異なる概念を用いてきているからである。いま一つには、「学校評価」という言葉が使用され始めた昭和20年代から今日までの間に評価目的や評価領域・対象などに偏りや広がりが生じてきたからである。かつて大浦 猛(昭和35年)が規定したように「学校に関する評価」と捉えるならば、むしろ今日の教育が学校教育中心であることからすると、「学校評価」ではない教育評価を探すのは至難のことになってしまうであろう。
そこで、ひとまず学校評価とは「学校のあり方の改善を目的とする、学校に対する評価である」と捉え、もっと広くは、学校改善を意識しない漠然とした学校に対するイメージや評価も含めうるとした上で、実際に各地や各学校でなされている「学校評価」から、実像に迫ることとした。
このことは、従来の学校評価研究が有する問題を克服しようとする試みでもある。
4.従来の学校評価研究の誤謬
従来の学校評価研究が問題としてきたのは、「あるべき学校経営」を展開する上で必要とされる「あるべき学校評価」であった。そして、「あるべき学校評価」の阻害要因が何で、それを克服するための課題は何かを示してきた。これらは論理的には矛盾なく構成され、そこでは、阻害要因の解消を前提にして、いかに「あるべき学校評価」を実施するかが論じられてきた。
しかし、実際には、そう簡単に阻害要因が解消されるはずはなく、したがて、いつまでたっても「学校評価」の定着は阻まれてきたのである。つまり、「あるべき学校評価」の普及・定着を阻む要因が錯綜している情況で、それらの要因をいかに除去(解決)させながら、同時進行的に「よりよい学校評価」をいかに普及・定着させうるかについては明示しえてこなかったのである。
5.学校評価の実践に向けて
―アクション・リサーチの勧め
では、どのように学校評価を行えばよいのか。もちろん、諸原理の具体化を図っていくことが必要である。それには、有効な活用を図っている事例をもとに、各校の実情に応じた適用を図っていく以外にない。
そうした事例発掘の意味も込めて、本研究を進めてきた。ただし、各事例は、その学校の諸条件と結びついているのであり、その諸条件の分析なしに、どれが当該学校にふさわしいのかを判断することは難しい。
「為すことによって学ぶ」とはよく言われるところではあるが、アクション・リサーチこそが、学校評価の有効性を高めていく最善の方法であろう。現実の教育実践に基づいて、評価項目の選定や評価基準の確定、評価方法の確立といった問題を探究するための研究グループを組織し、協働的に調査研究を進めていくことによって、評価すべき問題(対象)が明確になり、また問題に応じて評価の方法も工夫されていき、より適切な学校評価法が開発されていくことになると考えられる。
この研究を通じて、そのアクション・リサーチを始めるに拠り所となる事例を提示できれば、との思いを抱いてきた。また、そのために、報告書では、構成にも示されているように、日本各地の具体的な事例分析や紹介にも少なくない紙数を割いている。ただし、それ以上に力点を置いたのは、外部セクター方式を採っている諸外国の動向についての分析である。
6.学校評価から組織開発へ
こうした分析を総括するならば、学校評価が学校において定着するうえで重要な要因として、(1)外部からの刺激、(2)チーム学習の展開、(3)ミーティング方式の導入、(4)内省的評価者の登場、をあげることができる。
この点を大津市の事例をもとに概述してみよう。
大津市では、市立教育研究所が中心となって、昭和20年代から「学校評価」(大津市の場合、当初から一貫して「学校経営評価」と規定)は取り組まれてきた。この経緯や継続の努力について、必ずしも周知されているわけではない。それでもなお存続しているのは、そして今後も維持・改善していくことに関係者が熱意と意欲を示しているのは、市の統一的な学校評価に重要性や有効性を見いだしているからである。
では、どこに重要性や有効性が認められるのであろうか。それは、学校評価を実施していない学校が他府県にはある、という話を聞いて驚く人も少なくなかったことにも示されているように、「学校を評価すること」に対する一般教職員の抵抗感の払拭にある。この点を基礎にして、各学校では、各学期末評価や年度末評価において自由記述を主体としたものを実施しており、その結果から、学校改善の方向や方策を見いだす努力を重ねているのである(こうした外部評価から内部評価へのシステム構築は、諸外国の動勢からも見て取ることができる)。
つまり、外部評価(刺激)が一定の効果をあげているといえる。
さらに、各学校の評価過程に興味深いマネジメントを組み込んでいるケースをいくつか見いだすことができた。そのなかで、重要な1例を紹介しておこう。
大津市立真野北小学校(前山 亨校長)では、平成8年度から従来の校内研究の方式(学年部を母体)を、「研究主題のもとに教師一人一人が進めたい研究の切り口を考え、考えのよく似たもの同士で課題別のグループを構成し、部会ごとに取り組む方法」に改めた。そこには「教師自身が自らの姿勢を変えることから学校教育を変えていく」との思いがあった、という。その結果、「授業によせる教師の個々の思いを出しやすく」し、「じっくり考え積極的に意見交流し合い」、他のグループとも「自然な形で交流を始め」、「公開授業が自由に交流できる雰囲気はよい。いつもの年より他の先生の授業をたくさん見られて勉強になった。」(「平成8年度 2学期 学校経営評価(集約)」より)という感想も示された。
ここには、自発的な論議(ミーティング)も見られ、前島校長のリーダーシップには、試行錯誤に対する「寛容」さ、成果が顕れるまでの「気の長さ」が示されている。その校内研究過程を追ってみると、「任された」ことによる研修意欲の増進、自己の教育実践への注目(さらに、授業評価実施への展開)、その中での発見と驚き、それによる波動の発生と他者の巻き込み、そして組織の活性化という、内省的評価者が、組織開発を促していく一連の動きが読み取れる。
特色のある教育が大切であるといわれるのも、その特色が教職員個々の自覚と反省によって導かれた主体的な教育であることに由来するのだと改めて知らされる。しかも、自覚的な教員の姿勢が他の教職員にも影響を及ぼし、個人としてだけでなく組織としても職能発達が促進され、学校が組織的に更新されていくことも認められ、示唆に富む事例なのである。
冒頭にも述べたように、未分析の事柄も少なくなく、今後は、上記の知見をもとに、さらに学校事例を追跡していくことが課題となる。本研究では、実に多くの人々の協力を得た。そして、各学校で実施されている評価票や関係資料の提供も受けた。こうしたご好意に是非、応えていきたい。