「国立教育研究所広報第120号」(平成11年5月発行)
Brendan Shanahan eats them. Those guys hanging out at the donut shop don't. Any questions?
教育指導研究部発達研究室長 中垣 啓
このたび文部省の短期在外研究員として、平成10年9月26日から平成11年3月24日まで北米に滞在した。滞在180日間のうち、その大半はカナダ国トロントにあるThe Institute of Child Study(略称ICS )で研究に従事し、残りの3週間はアメリカ合衆国にある3つの大学を回ってもっぱら研究資料の収集にあたった。
トロント大学には、日本の教育系大学院に相当する機能を果たしているThe Ontario Institute for Studies in Education(略称OISE)という研究所があり、その中に人間発達・応用心理学学科(The Department of Human Development and Applied Psychology)がある。ICS というのはこの学科に付属する研究所であり、さらに、ICSには研究センター(The Dr. R.G.N. Laidlaw Research Center)と実験学校(The Model Elementary Laboratory School and Infant Center)がある。このように、トロント大学とICSとの関係は複雑であるが、とにかくトロント大学のFaculty(教職員)の資格で、具体的にはICSの研究センターに籍をおいて認知発達のメカニズムに関する研究を行った。ICS では、研究センターのAcademic Staff が12名、実験学校のLaboratory School Staff と事務職のAdministrative Staff を含めても35名足らずという小規模な研究所であるためか、補助教員や非常勤職員を含めてもJapanese Canadian が一人もいなかったためか、私の滞在を大いに歓迎してくれた。研究室こそ個室ではなかったものの、専用の事務机、電話、パソコン(なんと日本ではまだ発売されていなかった新品のi-Mac であった!)を含む事務用品一式が提供され、ファクスおよびコピー機がいつでもフリーで使用できた。さらに、研究所のスタッフの資格として正門玄関の鍵を貸与されていたので、研究室へは24時間アクセス可能であった。このように研究条件に恵まれていたこともあって、在外研究の成果は期待していた以上にあがったように思う。
理論的研究に関しては、私のスポンサーとなってくださったロビー・ケース(Robbie Case)教授との、週1回の発達理論に関する討論、彼の主催する認知発達研究会への定期的参加と発表、認知発達に関心のあるカナダ在住の研究者、特にトロント大学の研究者との研究交流が研究の中心であった。応用的研究に関しては、ICS に付属の実験学校において認知発達理論を応用した様々な教育実践が試みられているので、随時授業参観をさせてもらうと同時に、その教育的効果および実践上の問題点に関して、担当の教師と議論した。在外研究後半の3週間は、アメリカ合衆国のニューヨーク市立大学において論理的思考の発達に関してデービッド・オブライエン教授と議論すると同時に、同大図書館にて論理的推論の発達に関する研究資料を収集し、フィラデルフィアのテンプル大学ではPaley Library内のピアジェ文庫にてピアジェの認知発達理論に関する研究文献、カルフォルニアのスタンフォード大学ではもっぱら学習理論に依拠した認知発達研究に関する研究資料の収集に当たった。
認知発達研究に関しては北米がその本場であるにもかかわらず、私はこれまで北米には行ったことがなかった。私のように認知発達の、しかもその普遍的側面に関心を持つ研究者としては、外国の研究はその文献が読めさえすればよく、現地に行って研究する必要をあまり感じなかったからである。しかし、今回北米に滞在してそうでないことを痛感した。それは本報告のタイトルに尽くされているように思う。タイトルの文面はトロントの地下鉄にあった車内広告の一文(これはMaple Frosted Wheaties というシーリアルの広告文で、抜粋ではなくこれで全文)である。読者の皆さんはこれを日本語に直訳することはできるであろう。しかし、それがなぜシーリアルの広告文であり得るのかその意味を理解できる者はほとんどいないであろう。カナダという文化圏に生活していて初めてその意味が理解できるのである。研究論文についても同じことが言える。論文の執筆者と直接あって議論したり、その論文が書かれた社会的組織、文化的背景を読者たる我々も追体験することによって、文献の読み方が変わりその理解が深まることを肌で実感できたのである。このことは、実際に行った研究活動としての研究成果以上に重要な在外研究の意義であったといえるかもしれない。
*ちなみにタイトルの意は「ブレンダン・シャナハンさんは食べてるよ。ドーナツショップに出入りしているような人たちは食べてないね。何かご質問ありますか。」である。