
社会情緒的能力に関する研究
当センターでは,非認知的能力がカバーする幅広い内容の中でも特に,児童生徒の生活や発達に重要である「社会情緒的能力」に関する研究を展開しています。これまでに実施してきた研究の概要について,以下御紹介します。
(1)社会情緒的能力に含まれる具体的な内容について


本研究では,「〇〇ができる」という意味の「能力」のみならず,私たち人間が持つ幅広い特徴や特性などを扱った先行研究を含めて概念整理すべく,「社会情緒的コンピテンス」という用語を提案し,そこに含まれる具体的内容を紹介しています。
※「コンピテンス」という表現の意味については,上記報告書全体版の第1部第2章に詳しく示しています。
まず,「社会情緒的コンピテンス」を,「『自分と他者・集団との関係に関する社会的適応」及び『心身の健康・成長」につながる行動や態度,そしてまた,それらを可能ならしめる心理的特質』と定義しました(図1参照)。

図1.本研究における社会情緒的コンピテンスについてのイメージ図
(「非認知的(社会情緒的)能力の発達と科学的検討手法についての研究に関する調査報告書」
( 国立教育政策研究所,2017)に基づく )
さらに,当該コンピテンスに含まれる内容を大きく3つの領域に整理しました。「自分に関する領域」(自己認識,自分の感情,自己制御など),「他者に関する領域」(他者の感情や思考の理解など),「自分と他者や集団との関係に関する領域」(人間関係,コミュニケーションなど)の3つです(図2参照)。

図2.社会情緒的コンピテンスに含まれる3つの領域についての概念図
(「非認知的(社会情緒的)能力の発達と科学的検討手法についての研究に関する
調査報告書」(国立教育政策研究所,2017)に基づく )
本研究では,乳児期から青年期頃に発達し,また,日常生活の中で発揮,使用される社会情緒的コンピテンスの具体的な内容について,約60項目を取り上げ,各項目の定義,研究における測定方法,発達に影響を持ち得る要因などを,先行研究のレビューに基づいてまとめています。
「非認知的(社会情緒的)能力の発達と科学的検討手法についての研究に関する調査報告書」 表2 社会情緒的コンピテンスの一覧

(2)我が国の児童生徒の社会情緒的能力に関する実態調査
平成27年度に実施した1回目調査,その1年後に同じ調査対象者を追跡した平成28年度の2回目調査の結果は,上述の「非認知的(社会情緒的)能力の発達と科学的検討手法についての研究に関する報告書」( 概要版




この調査の結果から,例えば,学習への自律的な動機付け,自尊感情,向社会性について,小学校・中学校・高等学校の集団平均値を比較すると,平均値の差はとても小さいものであること,また,より細かく見ていくならば,小学校の平均値が最も高く,次いで中学校,高等学校という順になることが示されました(例:自尊感情について,以下のグラフ参照)。社会情緒的コンピテンスには,年齢や学年の上昇に伴い単調に高まるものではない変化があることが示唆されます。しかし,一見すると「停滞」や「低下」に見える変化の背景には,自己を見つめながら目標を模索する児童期後期,青年期ならではの重要な「発達」があることを,教職員や周囲の大人はよく理解しておくべきだとも考えられます。

グラフ:小・中・高それぞれにおける1・2回目調査の自尊心得点の平均値
(「質問紙調査結果に見る我が国児童生徒の意欲・態度等に関する調査研究に関する調査研究報告書」(国立教育政策研究所,2019),第5部第2章 1自尊心に基づき作成)
グラフ注1:本調査では,自尊感情をRosenberg Self-Esteem Scale(Rosenberg, 1965)の日本語版(山本・松井・山成, 1982)を使用した自己回答式の質問紙により調査した。計10項目から自尊心を測定する尺度であり「1.まったくあてはまらない」から「5.とてもあてはまる」の5件法で回答を求めた。10項目への回答の平均を,各回答者の自尊心得点として算出し,分析に使用している。
グラフ注2:小・中・高それぞれにおいて,1回目調査よりも2回目調査の方が得点が高い。ただし,5点満点中0.1点程度のごく小さな変化であった。発達を検討する2つの視点として,学校種間の比較と,学校種内における2時点の比較が考えられる。詳細は報告書を参照のこと。
さらに,上述の「質問紙調査結果に見る我が国児童生徒の意欲・態度等に関する調査研究に関する調査研究報告書」には,当センターが過去に実施した「高校生の学校生活調査」を用いた高校生の意欲,態度,学校適応感についての分析結果も示されています(報告書全体版第4部,p333〜p393)。
その他,当研究所の国際研究・協力部や教育課程研究センターで行っているOECD生徒の学習到達度調査(PISA),国際教育到達度評価学会(IEA)による国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)のデータに基づく我が国の児童生徒における自己意識や教科の学習に対する選好度に関する分析結果や(第1部p1〜p129,第2部p131〜p296),内閣府による「青少年に関する調査研究」で収集されたデータに基づく青年の現在や将来に関する意識についての分析結果も示されています(第3部p297〜p332)。
児童生徒の理解に役立つと考えられるこれらの分析結果についても,是非併せて御覧ください。
(3)社会情緒的(非認知)能力の発達と環境に関する研究:
教育と学校改善への活用可能性の視点から
これまでに実施してきた社会情緒的能力に関する概念整理や,児童生徒への大規模調査の結果も踏まえながら,令和2年度より,新たな研究プロジェクトを開始しています(令和2〜5年度:国立教育政策研究所プロジェクト研究「社会情緒的(非認知)能力の発達と環境に関する研究:教育と学校改善への活用可能性の視点から」)。
このプロジェクトでは,2つの研究を展開しています。
(1)発達調査研究
@新型コロナウイルス感染症流行下で生じた変化や影響に関する文献調査
新型コロナウイルス感染症流行下では,児童生徒の日々の過ごし方や学び方にいろいろな変化が生じました。この研究では,社会情緒的能力,また,それに関連すると考えられる心身の健康状態,生活の様子,学習への意識などにも着目しつつ,児童生徒に生じた変化や影響について,主に国内の各種調査,研究等を収集して文献調査を行いました。なお,この研究は流行の第1波,第2波と呼ばれる,流行初期に実施された各種調査等の知見を整理したものです。
この研究の成果は,発達調査チーム研究報告書「新型コロナウイルス感染症の流行下における児童生徒の社会情緒的(非認知)能力をめぐる状況:流行初期に関する文献調査」
( 概要版/全体版
)にて発表しています。
報告書では,新型コロナウイルス感染症流行の初期において,児童生徒の精神的健康状態の全般的な低下,生活リズムのずれ,他者との心理的距離の変化,児童虐待や若年層の自殺者の増加といった調査結果をまとめました(第1章)。また,学校の休業期間における児童生徒の家庭での学習時間や学習意欲の減少傾向,学校でのICT 活用の様子や特別活動の実施への影響,教職員の精神的健康状態の低下などに関する調査結果も示しました(第2章)。さらに,感染症の理解の仕方の発達的変化や,感染症等への不安,偏見,差別が生じる心理的メカニズムやその予防・対応に有効と考えられる理論なども紹介しています(第3章)。詳しくは,報告書を御参照ください。
A小中接続期における社会情緒的能力の発達と環境に関する質問紙調査
令和3年度の小学6年生が令和4年度に中学1年生になるまでを追跡調査し,小中接続期における発達に注目した質問紙調査を実施します。
(2)学校改善研究
社会情緒的能力を巡る諸外国の教育における取組や,児童生徒の社会情緒的能力の状態に着目することを学校改善に活かす取組を検討しています。
令和2年度から令和3年度上半期における学校改善研究では,主に米国を対象に,社会情緒的能力等を含む教育データについて,生徒指導や進路指導,キャリア教育分野における学校の指導体制や組織体制への改善支援に利活用することが可能であるのか,また,もし可能であるとしたら,どのようにそのデータを用いて,教育行政等は学校への支援ができるのかについて調査を行うことを主目的として調査を行いました。
この研究の成果は,『「社会情緒的(非認知)能力の発達と環境に関する研究:教育と学校改善への活用可能性の視点から」(学校改善チーム)中間報告書(米国・中国調査)』
( 概要版/全体版
)にて発表しています。
報告書では,米国の学校改善支援のための一指標として,社会情緒的能力に関係する,「学校風土」(school climate)が設定されていること,この「学校風土」は,児童生徒の安心・安全感や学校との絆(きずな),いじめ防止の風土等に代表される概念から構成されていること,そして,よい「学校風土」づくりは,学校の管理職や教職員の専門職的責任であり成果として捉えられること等が報告されています(第1章,第2章)。また,「進学と就業の準備」(college and career readiness)も米国の教育の重要な目標の一つであり,昨今では社会情緒的能力の概念と近接していること,そして,「進学と就業の準備」に対して有望視されている新たなキャリア教育と位置付けられる「リンクト・ラーニング」が登場,展開していることが紹介されています(第3章)。

図 米国カリフォルニア州の教育データに基づく学校パフォーマンスの可視化と
地域レベルのリフレクション・プロセスの創出による学校改善