第T章 体育科はどんな役割をもつか

 

 1 体育科の位置

 児童の行動や考え方の変化によって,個人や社会の必要を満たそうとする教育の目標は,(1)個人生活,(2)家庭および社会生活,(3)経済および職業生活の三つの側面に分けて学習指導要領一般編(昭和26年改訂版)に書かれているがこのような教育目標に到達するために,学校教育は各方面にわたる学習経験を組織し,計画的・組織的に学習せしめようとする。そして,このような学習経験の組織が,いわゆる教科であって,体育科はその一つである。

 各教科は,教育目標を達成するために,それぞれ独自の経験組織をもっている。体育科を構成する経験の組織には,他の教科のそれと異なった独自のものがなければならない。いったいそれは何であろうか。いうまでもなく,それは身体活動およびそれに関連する経験の組織である。体育で通常,身体的活動というのは遊戯・スポーツのごとき大筋活動であるが,それは,単に身体支配の経験と遊戯・スポーツのごとき大筋活動に対する経験をも含んでいる。

 ところが,学習指導要領一般編では,体育科は,主として,「健康な生活に導く目標のために」組織立てられた教科であると説明している。もちろんこれには次のような注釈が加えられている。すなわち,これは「主要な点をとらえていったのであって」この教科の「分担をこれだけに限定することはできない」と述べているのであるが,今日の体育科のたいせつなねらいは,ただ教育の全体としての目標のある部分を分担するのではなく,むしろ,身体的運動を中心とする経験の組織をもっと深く考え,それがもつ独自の機能を通して,全体としての教育のさまざまな目標にわたって貢献しようという立場をとっているのである。

 それでは,体育科が教育に貢献しうるところの独自の機能にはどんなものが考えられるであろうか,詳しくは,体育科の目標のところで述べることにしてここではその大略を示すこととする。

(1) 児童の身体活動についての生理的な必要を,社会的に望ましい形で満たす。

(2) 身体活動を通じて,現在および将来の社会の構成員として必要な民主的生活態度を育てる。

(3) レクリエーションとして,身体活動を正しく活用できるようにする。

 以上の諸点は,体育科がもつところの重要な役割であって,一言にしていえば,体育科は,児童生徒の身体活動を,個人的な発達や社会的に望ましい生活に役だたせるための学習経験の組織であり,この独自のはたらきを通して,教育全般に貢献しようとする領域である。

 2 体育指導の中心点を児童におく

 すでに述べたように,現代の体育科は,身体活動が児童の発達や望ましい社会生活に貢献しうるような能力をもたせることをその使命としているのであるから,まず適切な学習環境をつくらなければならない。すなわち,個人や社会の必要を満たしうる能力を養うためには,適切な施設・用具・学習集団・指導者をもって,児童の自主的な学習の場を構成することが前提となるのである。このためには学校は,児童の必要性をしっかりとらえて,学校自身の指導計画を立てなければならない。

 したがって,このための体育科の指導は,児童の自主的な学習を方向づけるようにしなければならなくなる。そこで,教材を教師の立場で完結した体系として与えるよりも,児童の生活に関した現実の問題を解決することにその重点をおき,問題解決の能力を作るような方向をとらなければならないであろう。すなわち,身体活動の能力をもつことが終局の目標ではなく,その能力をどのように使うか,どのように役だたせるかということがたいせつなのである。もちろん,身体活動が無用であるというのではない。それを否定すれば,もはや体育科の存在理由は失われるであろう。したがって,身体活動についての考え方が何よりも重要であって,この学習指導要領(以下指導要領ということにする)では,児童の身体活動に対する必要性や,児童たちをとりまく地域社会の必要性を無視して,教材または身体活動のみを教える立場を否定しようとするのである。

 身体発達の面からみても,児童は異なった体質・体格・体力をもち,身体活動に対する必要性は量的にも質的にも異なるはずである。それゆえ,身体活動を身体発達に方向づけようとする場合には,児童の立場に立って指導することが必要である。

 また,児童は,家庭や学校における運動生活においてさまざまな問題をもっている。たとえば,民主的に正しく遊ぼうとしても,それができないような場合には,その障害を除き,おのずから,遊びが民主的に行われるようになるような指導が必要なのであって,きまった原理を児童におしつけるような方法は避けなければならないのである。

 さらに,児童の生活のうちで運動生活に費される時間はずいぶん長い。これらを楽しく,心よく行わせるためには,教師の立場から教えるよりも,児童の立場に立って,学習させることがたいせつなのである。

 このように考えると,現実の児童を考えることなく,抽象的に教師の立場から身体活動を教えこむよりも,学習者であるところの児童の側に立って指導することが,体育科の目標のいすれの場合を考えても,たいせつであるといわなければならないのである。

 3 他教科との関係

 教育全体の目標への到達を目ざしながら,経験の各領域を分担するところのさまざまな教科があることは,すでに述べておいた。この意味で,体育科は独自の領域をもち,その独自の機能をもっているのであるが,体育科が,他の教科と無関係であってよいというのではない。

 実際において,健康の保持増進については,理科や家庭科などでも取り上げているのであるが,特に体育科は,身体活動という経験に結びついて,まず健康を損じないように指導し,さらに積極的に健康をつくり上げねばならないのであるから,これらの教科と当然密接な関係をもつ。したがって健康の保持増進のために,これらの教科は,互に関連して,当然融合しなければならないのである。

 また,体育科で重要な部分を占めているところの人間関係については,一応社会科が,そのおもなねらいとしている。しかるに,この人間関係は体育科の重要なねらいでもある。このように,人間関係については,いずれの教科も同じものを日ざしているが社会科と体育科とでは,方法的に異なるところがある。しかもこれを除いては,今日,体育科のもつ重要な機能の一半を失うこととなり,したがって,教育全体としても,それだけ効果を減ずることになる。それゆえ社会科に関しても「健康教育」の場合と同じことがいえるであろう。

 さらに,リズム運動や表現運動は,音楽的リズムにたよることが多いので,できるかぎり,音楽科で学習したものを利用して,体育科の学習効果を高めるよう,つねに,相互に連絡することが必要である。

 さらにまた,体育科は,クラブ活動や児童会などの教科以外の活動と関係することなく行うことはできない。そこにおける余暇利用についての目標,集団行動についての目標,その他,身体的・社会的・情緒的目標の到達のため,かくことのできない教科以外の活動に対しても,それを方向づけ,学習効果をはかるなどきわめて関連をもっている。

 要するに,教科ならびに教科以外の活動に対して,体育科は,それぞれ重要な関連をもちつつ,独自にその機能を果していかなければならないのである。