第4章 中学校における英語指導計画

 

 中学校および,高等学校の英語指導計画の多方面にわたる完全な概念は,指導計画について多方面にわたる完全な知識をうることによってのみ得られる。それゆえ,これはこの章や次の章のみを読んでもなし得られない。という理由は,この章は単に特殊目標とともに学習経験を提供するのみで,諸経験が基いている一般目標およびおもな目標や,教育課程構成の問題・教育課程材料の問題・適応の問題等には触れていないからである。

 第2章で扱われているが,教科の別を設けることがちょうど人為的で不自然であるように,この章および次の章で,いろいろな学習経験を区別することは人為的で不自然である。「主として口頭」「主として読み方」とか「主として書き方」という項で「主として」という語を用いたのもまたこの理由によるのである。ここに用いられた「口頭の」という語は「耳の」経験すなわち「口に出して答える経験」とともに,「耳から聞いて受け取る経験」をも含んでいる。

 中学校の経験と高等学校の経験との間には,はっきりとした区別はないということもまた注意しなければならない。生徒は中学校第1学年と第2の間,中学校第2学年と第3学年の間,高等学校第1学年と第2学年の間,または高等学校第2学年と第3学年の間よりも中学校第3学年と高等学校第1学年の間のほうがずっと速く成長するものではない。生徒は突然に成長して成人になるのではない。それゆえ中学校と高等学校との指導計画の間に,人為的な不自然な隔たりはないし,またあってはならない。それゆえ高等学校で現代文語体が不意に出てきたり,中学校での口語体の標準語を強調したことと相入れないようなことがあってはならない。高等学校第1学年にはいると,生徒が突然に異なった性質の事がらを同化することができるようになるとか、またそれによってまったく違った種類の教育的な食物を求めると考えるのはまったく誤りである。中学校および高等学校の指導計画や,本書につけた図表を研究すれば,経験はかなり平均した割合で成長しなければならないし,またそれらは一から他へと続き,また学年の進度の原理は高等学校第2学年と第3学年の間も,中学校第1学年と第2学年の間も同様であることがわかる。中学校では口語体の標準語,高等学校では現代文語体の標準語を推奨することは,前者が学習経験の機能的な構成や学習指導を意味し,後者がこれと矛盾した技術を要する形式的な知識を与えることを意味するものではない,ということを強調しなければならない。

 読者はなにゆえ取り扱えないほど多くの経験が述べられているのかと,不思議に思うかもしれない。その理由は,教師が生徒の関心や必要に応じて,最も適当と思われるものを選んで適応させたり,混合したり,付け加えたりしてもよいというだけの意味で並べてあるのである。学習経験の試案は,ちょうど資料単元と同じようにひとつの倉庫なのである。

 前学年の同じ項または似た項のもとにある学習経験は,絶えず参考にしている。これは不必要なくり返しを避けるばかりでなく,またある学年と他の学年との間に非常に緊密な関係があるということを示すためにしているのである。もちろん単に参考にすることのみが,学習活動の一致を示すものであるということを意味してはいない。絶えざる発展と変化がなければならないという事実はわざわざ述べていないけれども理解していただきたい。

 注意すべき重要なことは,学習経験の配列がいかなる教育的配列にもよっていないことである。学習経験が種類によって機能的に示す場合はそのような配列は不可能である。それゆえ教師はすでに示唆したように,混合したり,適応させたり,付け加えたりしなければならない。

 ある学習経験をある学年ばかり割り当てて他の学年に割り当てないということはあまり窮屈にとってはならないし,学年によって学習経験を続けてあげていないことが特に割り当てた学年にだけ限定しなければならないことを意味しない,ということに注意することはまた重要なことである。

 

 英語指導計画の特殊目標は,第1章で扱った指導計画の一般目標・おもな機能上の目標および教養上の目標に由来している。特殊目標は,与えられた期間内にどんな結果が実現できるかを教師が知ることができるように,各学年について述べている。この理由により特殊目標は,一般目標・おもな機能上の目標および教養上の目標よりもはるかに詳細に述べている。特殊目標に基く指導計画そのものの場合と同じように,教師はその生徒たちおよび生徒たちの地域社会の必要と関心に応じて,取捨選択し付加し適応させるように示唆されている。

 特殊目標は,知識と理解,技能と能力,態度と鑑賞,習慣と理想として分類することができる。外国語の学習を始めるにあたって最も重要な目標は,望ましい技能・能力および習慣を発達させることは当然である。もっともこの段階においても,望ましい態度・鑑賞および理想と関係のあるものがありうる。後日言語における基本的な技能・能力および習慣が発達したあとで,望ましい態度・鑑賞および理想にもっと注意を払ってもよい。

 以下が中学校第1学年から高等学校第3学年までの目標試案の表である。一般的にいって,中等学校を通じて目標が継続しているということを承知してもらいたい。言い換えれば,中学校第1学年に例示されたこれらの目標は,後の学年に多くの場合またはたいていの場合継続しているのである。実際にはほとんど同じである目標を,再びくり返すことを避けるために,(たとえば難易の程度の問題のごときものは除いて),学習のあとの段階に適用されない語はかっこで囲んである。

 ある学年の程度以上に厳密には適用しないような目標は,そのような意味のしるしをつけていない。その理由は,ある一定の学習の段階がすめば,このような目標はもはや重要性がなくなるという概念を起させないためである。各学年における生徒の学習経験の表を研究すれば,その表にある学習経験が特別の学年に集中されてもよいことを示すものであって,特に技能や能力をじゅうぶん身につけていないならば,どんな学習の段階においても,その後に得られる利益について取捨選択したり等閑に付してもよいということを意味してはいない。

 

 中学校第1学年

主として口頭に関するもの

主として読み方に関するもの 主として書き方関するもの  

 中学校第2学年

主として口頭に関するもの

主として読み方に関するもの 主として書き方に関するもの  

 中学校第3学年

主として口頭に関するもの

主として読み方に関するもの 主として書き方に関するもの  

 高等学校第1学年

主として口頭に関するもの

主として読み方に関するもの 主として書き方に関するもの 身につけていくこと。  

 高等学校第2学年

主として口頭に関するもの

主として書き方に関するもの  

 高等学校第3学年

 学年目標として付け加えるべきものはない。

 

 下記の学習経験における表題の前のかっこの中に番号を付していない。これは,教師が適宜学習経験を追加したうえで番号をつけてもらおうと思ったからである。

 

1.中学校第1学年における生徒の経験

 A.主として口頭に関するもの

 ( )英語を知ること

 まず最初になすべきふさわしいことは,生徒がこれから学習しようとする言語について何か話してやったり,またディスカッションによって学習の目標について話したり,起りうる問題や誤った考えをはっきりさせてやったりすることであろう。生徒はなにゆえ英語を学習するかということについて,ほとんどわかっていないか,またはまったくわかっていないことが多いが,もし生徒が生徒自身のはっきりした目標をもっているならば,何を求めて努力しているかということを知るばかりでなく,どんな結果を期待すべきかということも知るのである。

 このような作業がひととおりすんだら次になすべきことは,生徒が英語を耳に聞く前に話すことを期待することはできないから,まず生徒に英語そのものを耳から聞かせてやることであろう。言い換えれば,このことは無言の同化が表現に先行しなければならないことを意味している。生徒をして英語を同化させるに際して教師の使うことばは,ごく自然なものでなければならない。それゆえ不自然になるほどはっきりと発音しようとしてはならない。この理由から縮約形が自然である場合は,非縮約形よりはむしろ縮約形の方を最初の段階から取り入れるべきである。特に非縮約形は正常なものとは異なった語感を与えるからである。たとえば I can't と I cannot とはふくみが同じではないし,I cannot は強意的であるばかりでなく,ときには失礼になることもある。また英語を常用語としている人々が連結して発音している単語は,孤立して発音してはならない。弱形になりうる船(weakenable words)は(付録U参照),意義上強意が与えられない場合,縮約形と同じように,まったく自由に取り入れなければならない。

 教師は自分が言っていることの意味を視覚の助けや,必要な身振りなどによって伝えなければならない。話題は他の学習活動を誘導するようなもの,すなわち生徒の側に同じことをなすことを求める無言の動作による返答を選ぶのがよい。無言の同化が,生徒に同化することを期待しえない何かによって先行されるかもしれない。英語をこのように聞かせる目的は,生徒の耳に英語の感じを印象づけることにあるからである。同化のための教材の例を次に掲げる。

 

 ( )動作による英語学習――無言の反応

 教師は命令・さしずを与えて,みずから実行する。いくつかの命令・さしず・依頼で,このことを生徒がじゅうぶん同化したと思われるまでくり返してから,教師は生徒にその命令・さしず・依頼を実行することを求める。このような学習のもととなるものに次の三つの型がある。(1)全学級または全グループで行うもの。(2)ひとりひとりで行うもの。

 この種の練習は生徒の側に積極的な参加を奨励し,力の弱い生徒にも,たとえ英語を一語もしゃべらないでも,動作で応じているから,自分も学習していると感じさせるという点においてすぐれている。

 

 ( )動作による英語学習──ことばを伴う動作

 これは前項A(2)の延長である。ただ一つの相違は,生徒が自分が何をしているかということを皆に話しながら,その動作を行うことである。これは同化の予備期間に行われる。その場合教師は行うべき型を示す。

 これらの学習活動を行うのに二つの型がある。(1)教師は個々の動作の場合において,どうすべきかということを生徒に話して助言を与える。(2)教師は生徒にヒントを与えないで,心理上相互に関連のある一連の動作を記憶させることによって,生徒に動作をさせること。(1)の場合に,もし生徒ができると思えば,同時にいくつかの命令を出してもよい。

 

 ( )動作による英語学習──二人称・三人称を用い始めること

 これは前述の型の活動をさらに発展させたものである。少しわざとらしいが,教師が自分が何をしているかということを生徒に質問することによって,二人称を紹介することができる。これは二つの方法で行うことができる。  (2)の型は(1)の型よりもむずかしいので,当然(1)の型の次に行う。

 三人称は,別の生徒または他の生徒たちが何をしているかを尋ねることによって紹介することができる。これも二つの方法によって行うことができる。

(1)教師がひとりの生徒に何か動作をするように求める。その生徒や他の生徒たちは,その動作といっしょに話しことばを伴う動作を行う。教師はすかさず別のひとりまたは数名の生徒に前の生徒が何をしているかを質問する。(2)教師は生徒たちに何か動作をすることを求める。その生徒または他の生徒たちは求められたことを実行はするが,何も言わない。教師はすぐに別の生徒または他の生徒たちに何がなされているかを聞く。

 

 ( )動作による英語学習──いろいろな型を組み合わせること

 生徒たちが前述の学習活動の型にじゅうぶん熟達したところで,それらの型を組み合わせることが望ましい。  

 ( )実物・絵画および動作を口頭で述べること

 最後の動作については,すでに述べた。絵画について述べることは部分的には「動作による英語学習」の項で取り扱った。戦前には組になった絵が利用できたが,このような絵はむずかしくないから,絵のうまい生徒にかいてもらうこともできる。たとえば自転車のごときものまで入手できるとともに,学習的に適した実物の目録もまた準備しておくべきてある。しかし自転車や細部にわたって述べるのに用いられる実物は,第2学年または第3学年に保留してもよい。  ( )簡単な問答──変則定動詞を用いて  変則定助詞の用法を生徒に徹底的に熱達させることは非常に重要なことである。しかしこの問題をさらに進める前に,この専門語に通じていない教師のために,簡単な説明を与え続いてこの語の一覧練習を示すことは必要なことである。

 anomalousという語は,Idiomatic and Syntactic English Dictionary(注1)の説明によると,「普通のものとはある点で異なる」という意味だが,一方 an anomalous finite は同じ辞書の説明によると,他のfinite ver'b と異なる英語の24の動作の一つである。(その理由は,これらの動詞はその次に not が使われたり,主語と位置が代ったりするからである。)(それで――he must;he must not; must he? )もちろん古い英語やある種の文体では not は変則でない動詞を伴うことがある。たとえば I came not; I take not等。また I think not や I believe not のごとき例は,この文法的範ちゅうに属さない。その意味は「そうでないと思う」とか,「そうでないと信ずる」にあたる。

 次に示すものが24の anomalous finites(変則定動詞)で,これなしでは,この小さな語の not は普通の英語のことばには用いられない。  疑問文の中に must が出てくる問に対する普通の否定の答は need no (needn't)であって,must not(mustn't)ではない。  他のすべての場合に,質問において使われた動詞と同じものを答に使うのがならわしである。すなわち答に anomalous finite が使われている場合のことをいっているのである。

 Is Mr.Smith coming?No,I don't think so. のごとき会話においては,so という語が he is を代表していて,すなわち I don't think he is. であるからこの型は使われない。

 日本語には,英語的な見方からすれば,質問にぴったり合わない答をする傾向があるから,問の文に用いられる型で忠実に答えるよう,特に初歩の段階の生徒を指導することは絶村に必要といえよう。

 

 ( )やさしい問答──Wh- question を知ること

 Wh- questionは次のような語で始まる。  生徒がちゅうちょしないで答えることができるように,これらの語の用法を徹底的に練習させなければならない。What には実物の名まえや動作の名称で答えなければならない。Who には人の名まえで答えなければならない。Which に対しては単数または複数の実物または人の名まえなどで答えなければならない。Where に対しては答に場所の名称を要し,When は時,Why は理由,How は方法を必要とする。これらはすべて,わかりきったことである。しかし実際には目本の生徒は問にふさわしくない答をする傾向がある。要点をはずれた答をしようとする傾向は,英語ではきびしく警戒しなければならない。というのはまわりくどい答は英語を常用語とする人々の間で誤解を起しやすいからである。  

 ( )口頭作文

 A.置き換え練習

 置き換え法は,いかなる言語においても,絶えず行われている。外国語を学習するにあたって,このことばの姿に特に注意を払う理由がいろいろあるが,ここに二つの理由をあげておく。(1)教えられている言語の構文の型を教えること。(2)たいていの場合において,帰納的に次のようなことが示されること。すなわちある言語の一型式の構造内で述べられることは,必ずしも外国語でも同じに取り扱われないということ。たとえば  ということができても,  とはいえない。もし教師がみずから置き換え法の練習を準備しなければならないならば,どの組合せもよい英語になるように,最大の注意を払わなければならい。

 置き換え法は実際に最初の授業から教えることができる。もしわたくしが

といい,続いて  と言えば,わたくしは一語を置き換えたことになる。すでに述べたフラッシュ・ストリップスは置き換え法によって教えるのによい方法である。

 次に置き換え法の練習を例示しよう。そして結局はすべての構文の型や動詞の型(付録T参照)について,このようなことをすることによって,さらに発展させてもらいたい。表(注2)とともにそれを活用する練習がほしい。

 

 B.転換練習

 転換法は一つの型と他の型とを取り換えることである。英語のようにたくさんの形式がある言語においては,たとえばGerund の代りに Infinitive,また Infinitiveの代りに Gerund というように,また独立節の代りに分詞句またその逆のように,ある形を他の形に変える練習は,生徒に非常に多くの文法的な形を知らせるのに役だつ。転換法の最も簡単なものの一つは,ある時制を他の時制に,ある叙法を他の叙法に,ある態を他の態に変えることなどである。  

 C.完成練習

 生徒はいくつかの不完全な文章,たとえば一語ないし数語の欠けている文を与えられる。その欠けている語を補って,完全な文にすることを求められる。欠語が中央にあるのは。口頭練習としては,普通には適当でないから,この型の練習問題では書き方練習のほうが可能性が多い。しかし生徒も教師もすべてを口頭で行っているから欠けた語を入れることによって,叙述文や疑問文を完成しようという刺激を通じて,生徒はむきになって張り合うので,有効な経験になるのである。  

 D.語句の並べ代え

 問の文や他の文の中の単語をわざと順序を換えて置いて,生徒はそれを並べ直して,意味のとおる文に直すことを求められる。

 単なる練習としてなされると,よくありがちの無味乾燥で興味のないものになるが,どのグループが最良の成績を収めるかを見るため,ちょっとした競争を行えば,生徒はむきになって張り合うであろう。前もってこれに関係した構造形式をじゅうぶん基礎練習もしないで,この種の練習をすることは,危険なことである。

 

 ( )教室会話(常とう会話)

 普通の会話は生徒が必要な知識や技能を習得しないうちは,教室では実施することはできない。その上絶えず忘れた現の暗示を与えてやったり修正してやらなければならない活動を奨励することは,教育上よくない。第1学年では普通の会話に近い,いかなる活動も不可能であるばかりでなく,教育上望ましくない。その理由は,初歩の段階に教えられる種類の英語は,ひどく不自然であるばかりでなく,たとえブロークンでないとしても,機械的である。しかし前の項に述べだ学習活動の用にあげてあるような教師と生徒との会話は,教室会話と見なされている。すなわち(1)いかに初歩で単純でも英語で意志の疎通をはかるものであるし,(2)このような活動を「教室会話」と称することは,生徒に何か価値あることを行っていると感じさせるからである。

 常とう会話という語を見なれない人々のために,ここに Heraold E. Palmer の著書から次の一節を引用しよう。「この語はある特殊な結果をもたらすために,組織的な計画により配置された教師と生徒との一種の対話であると定義されよう」。常とう会話は,普通の会話(普通日常に使われている意味の会話)という項目に属しないあらゆる対話の形式を含む。(注3)

 

 ( )テキストによる生徒相互の会話

 このような学習活動または練習には,まず細心の準備をしなければならない。教師はまず生徒たちが従うべき模範がわかるように教科書に基いた教師・生徒間の「会話」を与えなければならない。その点クラスに勝手に話しさせることは非常に危験である。というのは言語の学習は機能的であり,指導の与えられない機能や,指導の誤った機能は悪い習慣をつくることになるからである。生徒が習得した文の類類によって,正しい慣用的な問や答を作るだろうと思うのは誤りである。なぜなら文を作るときの置き換えの過程は,語いにおいても構文の型においても,それぞれの国語の特徴によって制限されるからである。厳格な,また不断の管理が必要なのはこの理由によるのである。  

 ( )テキストによらない会話

 これには動作によって英語を学習すること,実物・絵画・動作を口頭で述べること,間答すること,教室会話を行うこと,生徒がテキストを使わないで行うその他の「会話」の活動などかある。あいさつをしたり,あいさつに答えたり,折に触れて発した問いに答えることも,会話の学習活動である。

 テキストを離れて行う会話と教室会話との相違は割合に少い。おもな相違は,前者が後者のように常とう会話や教室会話に限定されないという事実である。

 テキストを離れての会話活動を行うことは,生徒に教科書だけの狭い範囲から離れて,いくつかの場面において,教科書によって習得した言語を使ったり,聞いたりさせるという点で,非常に重要である。生徒がいろいろな環境でそれを用いることを学ぶのは,いろいろな言語をいろいろな環境と結びつけて連想することを学ぶことによってのみできるのである。

 

 ( )例にならって語・句・文をくり返すこと

 必要に応じてこの種の活動を実施することはよいことである。この種の練習を孤立して行うと,生徒にとっていやな仕事であるばかりでなく,ほとんど無意味でもある。単語は話しことばを構成する唯一の単位ではない。この種の技能がこの課程に存在理由のあるのは,主としてこの理由によるのである。この問題はこの集の第2巻に取り扱われるであろう。そしてその場合,語の連結および近接する音の影響の問題が取り扱われる。  

 ( )語群・慣用的な表現および例文をあんしょうすること

 この種の練習は,例にならって語・句・文をくり返す練習に次いでよく行われる。言語学習において有用な事がらを記憶したり,正しい習慣を会得するのに多くの時間が費される。あんしょうしたり記憶したりすることに次いで,学習した事がらを機能的に用いなければならない活動を与えてやるかぎり,このような学習活動は役にたつ。生徒の学習した事がらの内容や環境を変えさせるように用いられないならば,永続的な結果を期待することは望み薄である。離ればなれに物事を学習することは,役にたたない。どんな記憶もあんしょうも,この学習活動の意味と目的とのじゅうぶんな理解・鑑賞に基かなければならない。したがって,ほとんど理解されていないことをあんしょうさせることは賢明ではない。

 模倣や記憶の重要性は,第二次世界大戦において,アメリカ合衆国陸軍特別教育計画中の“Mim-men”methods として知られているものに現れた。

“min-mem”という語は,mimicry and memorization(注4)(まねと記憶)という語から作られたのである。たとえこの学習活動の用に根本的に新しいものはなくとも,それが適切に扱われるならば,その価値は大である。

 

 ( )簡単な詩を暗記しあんしょうして歌うこと

 歌は指導計画に,変化を与えるばかりでなく,また生徒に英語のリズムを知らせるのに効果がある。歌うことに進む段階としても,またはそれと離れたものとしても,どんな詩や歌をあんしょうするにも,お経式にならないようにするために,できるだけのことをしなければならない。  

 ( )蓄音機のレコードを聞くこと

 蓄音機のレコードは,よい英語の例を提供するにも,また英語を母国語としていない教師の仕事の補充としても,特に価値がある。レコードは常に同じものを再生できるという利点と,またそのために退屈に流れやすいという欠点の両方がある。

 生徒がじゅうぶんに利益を受けることができるように,前もっていろいろと準備するのがよい。

 レコードを聞いた後で気がついた点について話し合うことはよいことである。発見は科目を学習するのに最善の要素であるからである。

 レコードは,(1)生徒の英語を修正すること。(2)模倣してよい模範的なものを聞くことの点で役にたつ。

 この問題のさらに深い論議やレコードの目録については,第6章教育課程材料の源とその学年配当を参照されたい。

 

 ( )ラジオを聞くこと

 第1学年では,この分野に期待できるものは極めて少ない。なぜならば,たいていのラジオの番組は,この学年の水準には適切でないからである。「ラジオのスイッチをひねって,波長を合わせて不意になれない音の波を耳に聞くことは――それはまったく混乱している音に思われるだろうが,――まったく未経験者にとっては,どんな意味においても,役にたつものではない」(注5)しかし,英語の放送を聞くのは,英語の音に親しむいい手段なので,何を言っているかわからなくとも,いろいろな話し手の英語の放送を聞いて,生徒はなんらかの利益を受けることができる。しかし外国語にどんなに長年接触していても,また。たとえ純枠に外国のふん囲気においても,その人がそのような環境において学習しようという特別な意欲も必要も感じないならば,何が話されているかを理解しようという能力や英語を話す能力の習得に,ほとんど,または,まったく役にたたないということが経験によって示されているから,注意してラジオを聞くように努力しなければならない。

 

 ( )学校放送をすること

 第1学年には,この分野では,あまり期待できない。しかし刺激として,また自信をつけるものとなるから,この少しのことが刺激となったり自信をつけたりして雲泥の差を生ぜしめることがある。

 学級で習った歌,電話での想像上の会話,教科書を読むことや,このようなちょっとしたいくつかの活動は,たやすく行われる。

 

 ( )トーキーを聞くこと

 トーキーの場合においては,写真が言おうとすることを伝えるのに助けとなることを除いては,ラジオを聞くことについて述べたことがトーキーにもあてはまる。

 

 ( )他の学級・学校および両親のためにプログラムを上演すること

 学習において刺激を与える最もよい方法の一つは,生徒にときどきプログラムを出して,それに参加させることである。このような活動でなにか学習をいやにならせる傾向があるならば,教師のこの問題の取扱が根本的にまちがっているからであろう。もし教師が非常な野心をもちすぎて,その学習の「すばらしい」効果をりっぱに見せたいと思うと,その結果生徒に多くを期待し,この活動または他の学習活動に生徒が失望してしまうことになる。

 第1学年の生徒は詩をあんしょうしたり,歌を歌ったり,きわめてやさしい想像上の会話に参加することができる。すべての,またはできるだけ多くの生徒が参加できるようにすべきである。この活動を決してすぐれた生徒にのみ限るべきではない。もし上級学年用の英語の劇があるならば,第1学年の生徒は,舞台やポスターなどを作ることを手伝うことができるであろう。

 生徒のすることはなんでも,その活動が学習の刺激となるべきであり,その学習活動自身が第1学年の全英語課程に役にたつような英詰の学習を必要とするものであるべきである。

 

 ( )やさしいあいさつやきまった言い方を学ぶこと

 あいさつは最も初歩の時期に,また最も自然なやり方で取り入れなければならない。朝教師が教室にはいるときにGood morning.とかGood morning,everybody.ということができる。この言い方が連語的であろうと非連語的であろうと(第3章参照),語義的な全体として教えなければならない。教師は英語を話しことばとして教えているのであって,単語の集まりとして教えていないのである。

 ある形を紹介した後,教師は生徒にそれをくり返させたり,学習させたり使わせたりすることができる。できればどこでも適当な環境で社会的に認められた形を教えることが最もよい。あいさつの形のうちには,最も自然な方法で教えることができるものが多い。

 日本語のあいさつや,きまり文句のひとつひとつに対して。それぞれ相当する英語があると考えるのは誤りである。日本人の言うことで英米人がまったく言わないことが多い。たとえば「いただきます。」「ごちそうさま。」「行ってまいります。」「ただいま。」「おかえりなさい。」という言い方に対して,これらに相当する言い方は英語には全然ない。ことばは社会的な道具である。それゆえことばの習慣は社会的様式の相違によって異なる。語や表現の占める語義学上の分野もまた違うのである。たとえば昼すぎに「おはようございます。」と言うのは不適当である。しかし英国人たちは午後1時ごろでもお互に“Good morning”といっているのを聞く場合が時々ある。これはたいていの英国人が,午後1時ごろに中食をとるという事実にある程度よるのである。その上 God morning.Goodbye.の軽い形として用いられる。

 

 ( )紹介すること

 ひとりの人を他の人に紹介するのに,日本語でときどきするように,“This is my friend”という言い方はじゅうぶんではない。紹介される人の名と紹介する相手の名は,ともにめいりょうに言わなければならない。紹介にはいくつかのやり方があるが,最も簡単な形を教えなければならない。その上一般には最も簡単な形が受け入れられている。

 生徒たちに,この種のすべての学習活動において,英米の習慣に従うことを教えるべきである。次に注意しなければならない事がらを二三あげよう。(1)年齢・地位などの下の人を上の人に紹介すること。(2)男子を女子(婦人)に紹介すること。(3)婦人に握手を求めないこと。婦人は握手をしたくないかもしれない。(4)もしすわっているならば立ちあがること。(5)日本流におじぎをして同時に握手しないこと。これは日本の習慣と西洋の習慣との混同である。(6)まず目上または年長者に呼びかけて,目上または年長と思われる人の名を最初にいうこと。以上が一般的な規則で,疑いのある場合,たとえば先輩・後輩(目上・目下) などについては,常識で判断すればよい。

 

 ( )電話でやさしい話をすること

 第1学年では,このような活動をしようという考えさえも,望みが大きすぎるように思われるであろう。しかし普通電話で話すような会話を行うことを期待する意味ではない。ある話題について,きわめて簡単な問答でよい。自然に話すことがむずかしすぎるならば,本または書いた物をもとにして質問してもよいし,会話をすべてあらかじめ準備しておいてもよい。学級に活気と興味とを与え,生徒に進歩していると感じさせることが要点である。  

 ( )さしずをしたり,されたりすること

 これはさしずをしたり,されたりすることで,動作による英語学習の発展した形である。生徒たちに次のようにいうことを教えてさせるのがよい。

 さしずをしたりされたりする練習をじゅうぶんした後に,この学習活動はときどき生徒に交替にさせるべきである。

 

 B.主として読み方に関するもの

 ( )発音記号を読むこと

 発音記号を学習するのに,目前の目的と窮極の目的とがある。一は発音を教えるための道具であり,一方わが国で編修されている英和辞書が発音記号を用いているから,後日辞書を使用するためである。

 教師によっては,教師のいうことを生徒に発音記号で書かせるところまで教えるかもしれないが,これは一般的なならわしではない。

 この問題についてさらに知りたければ,この問題についての付録およびこの第2巻の発音指導の章を参照されたい。

 

 ( )フラッシュ・カードおよびフラッシュ・ストリップスを作ったり読んだりすること(語・句・文)

 教育課程材料の源とその学年配当という章が示すように,学習指導が教育課程材料の不足のためにうまくいかないと考えることは教育的に不健全である。なにも材料がなくてはやってゆけない。しかし多くの教育過程材料は作ることができるし,これらの材料を作ることに関係した学習活動がそれ自体価値があるということもまた真実である。おそらく図画工作科の教師の助力で,たやすく作られる材料の中にフラッシュ・カードとフラッシュ・ストリップスがある。フラッシュ・カードというのは,その上に単語がいくつか書かれてあってちょっと生徒に見せて,チラッと見たり,一わたり見て,一字一字でなく一語または数語を読むことのできるようにさせるためのカードである。そのおもな条件は教室の後部にすわっていても,はっきりと読めるように,特にはっきりと書くことである。フラッシュ・ストリップスは長い口のある細長い厚紙の紙片で,次の図に示されているような紙片の上部に字の書かれているものを垂直に動かし,英語の構文を指導するのに役だつものである。  ( )絵の中の物品・人物・場所を述べている語・句・文を読むこと

 これは純粋な口頭学習に次ぐ段階であり,よく行われている学習指導法である。外国で発行されている多くの外国語の本はこの計画によっているが,適当なものがほんの少ししかないか,または全然ないならば,このような材料は教室用に作ってもよい。

 動作による英語と,絵を通じての英語とのおもな相違は,(1)動作は手足を動かすことに関係のある事がらを教えるのに適しており,(2)絵は動作や実物によっては説明できない人物・場所および物品を示すことができるという点にある。

 絵を用いて教えるということは,動作や実物で教えることと統合することによって活気を与え,いっそう効果的にすることができる。

 

 ( )黒板に書いてあることを読むこと

 この読み方は教師が黒板に書いた発音記号をも含むであろうし,発音記号の場合を除いては,生徒がすでによく知っている事がらを表わすべきである。発音記号については,良い発音を教え,または悪い発音を直すための場合にのみ,発音の練習をするがよい。原理としては,聴覚心像が視覚心像に先行すべきである。

 生徒に印刷したものを読むことを求める前に,中間的段階として,黒板に書いたものを読ませることは賢明である。

 

 ( )謄写刷りの教材を読むこと

 学習活動に変化を与えることは常にたいせつな条件であり,生徒はきれいに印刷された教科書とは少し違った感じのするものを読みたがるものである。生徒がもし習字がうまれば,幾人かの生徒が交代で書いてもよい。そしてこのことが,かれらにいろいろの書体のものを読ませるのに役だつであろう。これが後には学級英字新聞に発展するであろう。

 

 ( )生徒の書いたものを読むこと

 他の学習活動と統合したこの種の活動は,上述の理由で価値がある。

 

 ( )教科書を読むこと

 生徒たちは読む前に,読む用意ができていなければならない。そうしないと読み方が苦痛となり,生徒にとって読み方よりは文の解剖をする習慣におちいりやすいし,さらに悪いことには,挫折してしまうことである。印刷されたものを解剖していって,何が書いてあるかを知らせることによって,英語を教えることほど,有害なものはない。すべてがテキストにしばられてしまって,生徒はかわいそうに,(1)つづり字,(2)発音,(3)品詞,(4)構文等とたたかい,やっとどんな意味か見当がつく。

 正しい方法は,むだなわき道の努力などをしないで,生徒が読むことができるようにしたり,指導するためにすべての読み方材料を口頭練習に基かせたりすることである。

 読み方の材料の中の言語材料を前もって相当な程度まで口頭練習をなし,次に黒板やフラッシュ・カードやフラッシュ・ストリップスで語・句・文を読んでおけば,はじめて生徒は読む用意ができたわけで,その活動はひどい負担にはならない。実際知らない言語について初めの努力が,逐字的な読み方に終らないようにすることは困難ではあるが,この危険は適当な予備練習によって最小限にとどめうるし,また是正することができる。次に程度の低いものから程度の高いものを読む例を示そう。

 

 ( )いっせいにまたは各自に音読すること

 音読は,特にいっせいに読むことは,よくやりすぎがちな学習活動である。見たところ教師は,ほとんどなにもしないように思われるので学習活動をだらけさせるようになる。英語の特殊目標を考えるならば,日常生活でこのような活動はめったに行わないという事実から見ても,この活動に対して疑問が生じてくる。われわれの読書法の大部分は黙読である。それゆえ音読は生徒たちに,(1)正しい発音,(2)はっきりしためいりょうな発音のし振り,(3)適当な表現とリズム,(4)気持のよい声の調子,(5)流ちょうさを印象づける必要からするのである。以上のようなわけでこの学習活動に意味があるのである。教師が有能であっても,この活動で十二分の効果をあげるには,できるかぎりの努力と注意とを必要とする。もし教師が有能でないと,特に望ましくない習慣を発見したり,よい習慣に機敏に注意をひかないと,それはだらけた指導法になるばかりでなく相当な害を与える。

 ひとりひとりで音読することは,その生徒が理解して読んでいるかどうかを見きわめる目的には,いっそう適切である。ただ一つの欠点は非常に時間がかかり,したがって退屈なものになることである。

 あまりに批評しすぎたり誤りばかりを指摘することは,教師の共通の欠点である。批評は単に誤りを発見することばかりではない。実際よい点を指摘したりよりよい方法を暗示してやることが,はるかによい指導法である。

 物語の中に幾人かの登場人物がいるならば,生徒にいろいろの役割をもたせるとよい。審査員が主宰して,おりおり読み方の競争をすることは生徒に喜ばれる。時にはまた,一生徒に音読させて,学級の残りの者または生徒のグループに聞かせるのもよいかもしれない。

 

 ( )新聞やウィークリーを読むこと

 特に第1学年の指導を補助するために企画された英字新聞やウィークリーがあれば,しかもいい英語であれば,生徒に読むことをすすめるべきである。各生徒が一部ずつ買うことはできないし,また好ましくないかもしれない。二三部買ってそれを図書だなに備え,どの生徒もこれを使うことができるようにすることはできる。

 もし新聞やウィークリーが学級の物ならば,生徒に対して,このような公共物に必要な態度や注意を教えることができる。

 

 ( )本や雑誌を読むこと

 新聞やウィークリーを読むことにあてはまることは,本や雑誌を読むことにもあてはまる。

 

 ( )英語のスクラップブックを作ること

 この種の活動をするには,最初は,理解することができ,興味ある英語で書かれた材料を集め,ノートブックにのりではらせることである。初歩者向きの英語英語の出版物がいくつかある。そしてこれらのものは興味をひくものである。しかし教師は,すべて他の学習活動と同じように。選ばれた材料が価値あるものかどうかを見てやるべきであり,絶えず生徒の気持をくんで指導を与えるべきである。

 生徒たちは発行期日・発行物の種類等の順で,集めた材料を体系的にまとめることによって,ものごとを組織的にすることを学ぶことができる。

 これらのスクラップブックは,それが置場所をまちがったり,扱い方をまちがったり,紛失しないように注意するために付けられた記録とともに,生徒間で公開したり交換させたりするとよい。

 

 ( )詩を読むこと

 詩を読むという分野では,第1学年では,ほとんど行うことができない。というのは,散文のような構造をしていて,同時にじゅうぶんやさしいというような詩はきわめて少ないからである。散文のような構造をしている詩は詩としては味がなくなりがちである。詩は散文の言語材料で書かれなければならないと宣言したにもかかわらず,Wordsworth の最もよい詩でも散文のような構造をしていないのが大部分である。この理由で第1学年に適当な鑑賞や表現の程度で,生徒の歌える英語の歌の文句を生徒たちに読ませるのがよい。詩には英語のリズムを教えるのにたしかな利点がある。そしてそれは日本語にない強勢のリズムである。しかし生徒たちにお経式に読ませないようにしなければならない。このやり方は,どんな詩でもまちがいなく台なしにしてしまうからである。

 

 ( )学級図書だなおよび学校図書室を整備すること

 学級図書だな・学校図書室を始めるには奨励と指導とを与えて計画を立てなければならない。最初の段階では,生徒に多くの読書を期待することはできないが,読み方を学習する窮極の目的が,あらゆる種類の書いたものを読むことができるようになることであることを忘れてはならない。ゆえに教師と生徒とはともに英語の定期刊行物・パンフレットやあらゆる種類の書物を学級図書だなに置くことを始めることができるし,また学校図書室に英語部門をつくることに手を貸すこともよい。学校当局が英語学習上の問題を知らないならば,英語の本を選ぶのに堪能でないかもしれない。英語教師や生徒は司書を助けて,ほしいものを推薦したり依頼したりしてもよい。

 図書室は学校の中心であり,このことは生徒の英語や英語の文献の鑑賞や知識が進むにつれてますます真実となる。それゆえきわめて初期のうちから図書室の価値を理解し利用につとめるべきである。本だなに積まれてある半ダースぐらいの本でさえも蔵書であり,これがより大きな蔵書への基となる。

 

 ( )図書室で本やその他の物を見つけ出すこと

 この学習活動の初歩にはいってもよい。もちろん生徒は,うまくアルフフべット順に索引を使って本を見つけ出すことは,ほとんど,またはまったく期待できない。しかしもし著者の称号や名まえが日本語でも出ているならば,索引カードによって本を見つけ出すことを教えることができる。

 

 C.主として書き方に関するもの 

 ( )書き方練習

 生徒が日本語を書き始めた小学校第1学年の時期よりも,英語を書き始める中学校第1学年の時期のほうが,ずっと運動調節が発達している。しかしながら,この利点にもかかわらず,新しい型の習慣をつくりあげることは非常に重要な仕事であり,責任であるから,次の点に深い注意を払わなければならない。(1)読みやすく書くこと。(2)文字をつめすぎたり,あけすぎないこと。(3)それぞれの文字が互に平行になるように書くこと。(4)適当な大きさで書くこと。(5)英語国民のやり方に従って正しく文字を書くこと。(6)ぺンまたは鉛筆を親指・人指し指および中指のあいだに軽く抑えて持つこと。(7)紙を適当な傾斜と位置に置くこと。(8)眼をあまり紙に近づけないで,軽く頭を下げ,背をまっすぐに伸ばしてすわること。  

 ( )黒板の語・句・文を書き取ること

 これは機械的な技術で,とりわけ正確に速く筆記するように教えるべきである。それは日常生活において普通やっていないことである。それゆえあまり多くやりすぎないようにしなければならない。黒板にまぶしく光るところがないかどうか,また生徒が見るのに無理がないかどうかを確かめる必要がある。

 

 ( )書取をすること

 書取は第1学年にはあまり与えないようにすべきである。書取は書いたり印刷したものを写すよりもはるかにむずかしい。書取は生徒がすでに習得したことを確実にする長所はあるが,それが判じもののようになってしまったり,むずかしすぎると,かえって有害である。生徒が非常によく知っていることだけを書き取らせるほうが安全でもあり,ためにもなる。

 書取は,(1)注意深く聞くことによって耳の訓練になること。(2)話しことばと書きことばを結びつけること。(3)単語を紙に正しくつづり,つながりのある書きことばとを正しくつづる習慣をつけること。(4)教師にとって適当な区切で文の構成部分を印象づけること,などの利益がある。たとえば,

 

 ( )口頭および筆記の問に答を書くこと

 書き方は口頭で言われた事がらを文字で書くにすぎない。それゆえ適当に口頭で事前の練習をすれば生徒としてさほど苦しまないで答をつづることができるはずである。最初の段階では書くことばの形は,話すことばの形と違ってはならない。現代の文語体が教えられるのは,主として高等学校においてである。そしてそれはまた口語体とはあまり違ってはいない。

 口頭による事前の練習を離れて,書き方練習にも事前の練習が必要である。予備練習がじゅうぶんに行われると,意味のあることをじゅうぶんに書き表わすことは決してむずかしいことではない。忘れてはならない重要なことは,書くことによって言語を学ぶのではなくて,「知っている」ことを書く文字で表現するということである。その結果口頭作文と書く作文との間には,実質的な相違はない。口頭の学習経験に関する解説および例を参照されたい。

 

 ( )ヒントを得て,またはヒントなしで,思い出して書くこと

 韻文・短い章・慣用句等を思い出して書かせるがよい。努力がむだにならないように,記憶すべ材料は注意して選ばなければならない。

 これには二つの型がある。(1)たとえば詩や連語のようにそれ自体価値があるので記憶すべき事がら。(2)その後の学習の基礎として役だつために記憶すべきもの。たとえば推理によって他の表現を構成するとき基となるような構造形式の内容のごときもの。

 ヒントは文・パラグラフ・詩の一節の初めの1語ないし2語を与えればよい。ヒントの長さは教師の判断と生徒の能力とによってきまってくる。もし思い出して書くべき材料がじゅうぶんやさしいか,生徒がヒントなしで,できるほど能力が進んでいるならば,ヒントはなくてもよい。この学習活動は,書きこむ部分部分がはるかに多くなるが,完成法の形式をとってもよい。

 

 ( )言ってみたり,書いてみたりして,つづりを習うこと

 正しくつづることは社会的にすばらしい資産である。というのは社会はつづりそこなってばかりいる人にひんしゅくするからである。言語学習は習慣養成の活動であるから,生徒は最初から正しくつづるように訓練すべきである。この事は後期よりも初期により多く適用する。なぜならば生徒がはじめて接する語は最もありふれた語であり,またありふれた語はそれほどありふれていない語よりずっと多く用いられるからである。またその上それがありふれていればいるほど,ますます形もつづりもともに不規則でありがちである。このことは言語の進化においてよく認められる現象である。

 つづり字練習は,ともすればひどく無味乾燥になりがちであるから,指導には技術を要する。生徒がチームを編成して互に競争したり,生徒の興味を引き起すような練習を与えるならば,はるかによく学習の効果があがるであろう。権威者の中には,つづり字練習は書きことばにおいて必要なのであるから,口頭つづり練習は書き方練習よりもずっと価値がないと信じているものもある。

 

 ( )作文練習

 口頭でなしうるほとんどすべてのことは書き方にもあてはまる。それゆえこれまでに扱ったさまざまな口頭表現による活動を参照されたい。動作・実物・絵画を口頭の代りに書いて表わすことができるし,また問に対しても書いて答えられるということである。置き換え法・転換法・完成法によって学習した事がらは,特に英語の構造を学習するのに役だつ。そして帰するところこれは単に口頭から筆頭に移ったのにすぎない。作文の慣習的な面,たとえば大文字の使用法,句とう法,つづり字法等は当然作文に伴なう技能である。そして必要が起るにしたがってこれらの問題によく注意すべきである。

 

 ( )和文英訳

 訳には二種ある。(1)文の各部分を一部分ずつ,または一語ずつ訳して翻訳されるべき国語の構文に適合するように配列すること。(2)ある国語で述べられている意味をそれにできるだけ近いかまたは無理のない意味の他の国語に翻訳することである。

 前者は科学的ではない。というのはある国語の表現は,相当語を広く解しても,他の国語では,それに相当する表現で構成されていないからである。意味のない言語は死語であるから,後者は科学的である。単語だけが意味の単位ではなくて,前後の関係が語義の上で大きな役割をしているということもまた忘れてはならない重要なことである。

 翻訳は外国語の学習指導の一部ではあるが,その危険性を見逃してはならない。翻訳は意味を教えるいくつかの方法の中の一つにすぎないのであって,確かにただひとつの方法でもなければ理想的な方法でもない。語系の違う国語を学習するのにあたって,適当に扱うならば,翻訳は経済的でもあるし,また時にはただひとつの方法でもある。しかしまず言ったことや書いたことの意味を知らないでは,ほんとうの翻訳は不可能である。それゆえこの学習活動はひかえめに使うべきであり,また慎重に用いるべきである。

 D.適当な単語その他の遊び

 アルファベット遊び――

 学級を同じ大きさのグループに分ける。アルファべットの文字を一度に二三語読む。書体は教師のさしずによるが,印刷体が筆記体で次のようなやり方で書く。

 例は英文参照。

 書き上げたところで正しく書けたものに点数を与える。たとえば上の練習では,正しく書ければ18できる。学級を同じ大きさのグループに分けられないときは,生徒同志で競争してもよい。

 教師としては実際の語を形成する文字の組合せを読ませたいかもしれない。その語を生徒が知っていようがいまいが,このほうがよいやり方である。

 つづりカルタ遊び──

 端を3,4ないし5インチの四角に切った厚紙に,ブロック体の大文字ではっきりと同じ大きさに書いた英語のアルファべットの組を2・4ないし6組作る。学級を二つのチームに分けて,各チームは1,2,3組の文字を与えられる。各人が1文字・2文字または3文字を持つように,カードの枚数に応じて文字が渡される。もしカードの枚数が生徒の数と同数でないと,たいていそうなるであろうが,ある生徒は他の者よりも多く持つ。 生徒は,l,a,bのように混った力一ドをでるだけ持たないようにする。配分方法はまた両チームとも公平を用するために同じでなければならない。机と力一ドを並べた黒板の端との距離は,他の条件とともに公平でなければならない。

 1学級を二つのチームに分けるときに,投票によって2人の生徒が選んでもよい。この2人が交代に自分たちのチームの人を選ぶ。それからリーグーが選ばれて,各チームの持っているアルファベットの文字で作れる語を言う。たとえば arrive という語(この語には r が二つある)が,アルフフベットの2またはそれ以上の組があればつくれる。リーダーが1語を(もちろん口頭で)言うと,両チームのうちどちらかが黒板の端に沿ってカードを並べて,その語をつづれるかを競争する。黒板のまん用に縦の線を引いて半分に分けておく。

 チームを編成した2人の生徒は「活気づける」リーダーとなる。つづり方や速度に対して,点数を与えたり,差し引いたりする規則をきめる。

 

 見覚え遊び──

 かなりの数の物品を机上に置く。生徒たちはその物品を見ながら,ゆっくりとそのそばを通り過ぎる。そして自分たちの座席にもどって,置いてあった物品の英語の名称を書く。もちろん生徒がその英語名を知っている物品だけを置くべきである。

 

 英文遊び――

 1学級を二つのチームに分ける。この遊びでは文字でなくて単語を細長い厚紙に書きつけておく。たとえばIS,THIS,BOOk,Aのようにする。一方のチームが別々の力一ドに書いた語を一組他のチームに渡す。そして名簿に最初に載っている人が文になるようにこの語を並べる。もしその最初の人がうまくやれないと,そのチームは何点かの点を取られる。もし2人目が成功すれば最初の試みで成功した場合より少ない点を与える。もし両方とも失敗すると,全然点数がない。もしこのやり方が競争としてはやさしすぎる場合は,最初の成功のみを計算に入れるようにしてもよい。

 もし一方が一文を作る試みを終ったときは,他の方が他のチームから与えられた別の組のカードで別の文を作ることを試みる。

 公平を期するためには,文の長さ・単語の数を前もって決めておかなければならない。たれでも知っていると思われる単語のみを用いなければならない。

 できあがりは叙述文でも疑問文でもよい。たとえば IS,THIS,BOOk,A の場合は,その結果は Is this a book?という疑問文か,This is a book. という叙述文のどちらてもよい。

 これはすでに述べた,ごちゃごちゃに並べた語を並べ直す学習活動よりも,もっと興味もあり夢中になる活動である。

 

(注1)Complied by A.S.Hornby,E.V.Gatennby,and A.H. Wakefield Institute for Research in Language Teaching,Tokyo,Japan,1942,Republished 1949

(注2)Harold E.palmer,Systematic Exercise in English,Sentence-Building,Stages T,Institute for Research in English Teaching.東京,Copyright,1924参照。

(注3)Heraold  E. Palmer,The Oral Method of Teaching Language,W.Heffer & Sons Ltd,Cambridge Copyright,1921,p.63

(注4)Robert John Matthew,Language and Area Studies in the Armed Services,American Council on Education,Washington,D.C, Copyright,1947,pp.7,169 参照。

(注5)Charles Duff,How to Learn a Language ,Basil Blackwell,Oxford,1948,p.62

 

 

2.中学校第2学年における生徒の経験

 A.主として口頭に関するもの

 ( )動作による英語学習

 第1学年には概してむずかしすぎると考えられている現在完了形は,動作によって効果的に指導することができる。第1学年の指導計画のこの項も参照。  

 ( )実物・絵画・地図および動作を口頭で述べること

 第1学年に対する解説が原則として第2学年にあてはまる。しかし生徒が進歩するにしたがって,いっそう複雑な表現の型をとる実物や絵画を紹介するのがよい。次に第2学年に適すると考えられる実物の練習を示そう。  地図について簡単な描写をしてもよい。一つの案として第2例をあげておく。  実物の描写──

 教師は教室に運び込んだ自転車について,手始めの仕事としていろいろ話し

てやる。次のような話し方をするのもよい。

 例は英文参照。

 次に生徒は質問に答えて述べる。

 地図の描写──

 教師は次のような描写をする。

 例は英文参照。

 

生徒は質問に答えて述べる。

 ( )問答 

 質問の型に厳密にとらわれない答の型を使うように,しだいに指導していかなければならない。すなわち,初期においてはこの紙面では論じきれないいくつかの理由によって,質問の文法的型に合う答に上達するように訓練することは必要であり得策である。ちょうど第1学年の「問答」の項にある変則定動詞を使った単刀直入な質問の場合のようなものである。しかしまたいっそう融通のきくさまざまな答をすることを学ばなければならない時期が来るに違いない。この移り変りは困難なものである。しかし二つの方法が可能である。この問題は T.Orde Lee 氏著 English’“English”第2部(東京・大阪,三省堂,1932年,著作権所有)にじゅうぶんにまた巧みに扱われているが,この本はもう絶版になっている。次の例はこの資料から取ったものではない。  

 ( )口頭作文

 第1学年のこの項にあげた原理と技術とは第2学年にも同様にあてはまる。第1学年と第2学年との相違は,第2学年程度の構成の型・時制および表現法を加えることにある。

 ( )番組の項目などを口頭で知らせること

 生徒は口頭で知らせることを始めてもよい。これは生徒の英語の知識を実際に役だてることになり,そしてこれは英語の課程において非常にたいせつな部分である。  

 ( )教室会話(常とう会話)

 第1学年の指導計画のこの項参照。第2学年の指導計画の「問答」の項に述べた線に沿ってさらに発展させることができる。

 

 ( )テキストによる生徒相互の会話

 第1学年の指導計画のこの項参照。第1学年と第2学年との唯一ではないがおもな相違は,言語材料と内容とがいっそう進んでいることである。

 

 ( )テキストによらない会話

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 

 ( )例にならって語・句・文をくり返すこと

 第1学年の指導計画のこの項参照。第1学年の練習と第2学年の練習との問には厳密な限界はないが,語いが増すのにつれて,音の集まりについては特別な注意を払うのがよいであろう。一部の練習を次にあげよう。  語頭における子音の集まり。  例は英文参照。  

 語尾における子音の集まり。  例は英文参照。

 

 ( )語群・慣用的な表現および例文をあんしょうすること

 第1学年の指導計画のこの項の解説参照。

 

 ( )簡単な詩を暗記しあんしょうして歌うこと

 第1学年の指導計画のこの項の解説参照。  

 ( )蓄音機のレコードを聞くこと

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 

 ( )ラジオを聞くこと

 第1学年の指導計画のこの項で述べたことは第2学年にもあてはまる。ただしラジオの英語のレッスンは概して第1学年よりも第2学年に適している。もし番組が特に第2学年の学習指導の補充のために準備されたもので,生徒の英語がじゅうぶんに進んでいれば,なおさらそうである。

 

 ( )学校放送をすること

 第1学年よりも更に多くのことが期待できる。日本語の番組を放送するラジオ技術の研究は,原則として英語の番組を放送するのにあてはまるし,また助けとなる。

 第2学年の生徒にとって番組をどのように放送するかを学ぶことはよい。ことばづかいは,ラジオ以外の番組の項目を口頭で知らせるのに用いるものと同じものでよい。

 

 ( )トーキーを聞くこと

 ラジオを聞くことについて述べたことはトーキーにもあてはまる。ただしトーキーの場合は写真が言っている事の内容を伝えるのに助けとなる。

 

 ( )物語および対話を劇として演ずること

 第2学年では,(1)劇にすることのできる物語や伝記があり,(2)劇にすることのできる対話や会話向きの教材があり,(3)「動作による英語学習」において学んだ「動作のつながり」か小劇を演ずる基礎として役だつので,劇を演ずることを始めてもよい。

 第2学年の生徒に,読んだ事がらをほかのことばで言い換えることは望めない。すなわち読んだ事がらを劇として演ずるために言い換えたり語を置き換えたりすることはできない。それゆえ教師はみずから書き直してやるか,またいっそうよいことは,生徒に問題を出して案をいろいろ引き出して書き直すことである。このことは単にその劇を生徒自身のものに仕上げるばかりでなく,作文を書く学習にもなる。

 できるだけ多くの生徒が参加することが得策である。そうすれば能力の低い生徒も学習する機会が与えられ,自分は力がないとしてさじを投げるようなことはないであろう。

 次に,「動作のつながり」の展開のしかたついての例をあげる。例は The Teaching of English Abroad(注1)から引用した。小さな見出しのことばは引用したものではない。

 

 ( )人形しばいを上演すること

 人形しばいは学んだ英語をいきいきと興味深く運用するもうひとつの方法である。生徒自身が役者になって劇をする場合のように,その演出によってうるところのものはもらろんのこと,その準備の過程にも目的があり教育的なものがある。

 「物語および対話を劇として演ずること」の項参照。

 

 ( )他の学級・学校および両親のためにプログラムを上演すること

 第1学年のこの項にあげた原理は第2学年にもあてはまる。第2学年の学習活動や練習活動は自然いっそう程度の進んだものとなる。持に「物語および対話を劇として演ずること」および「人形しばいを上演すること」の解説を参照されたい。

 

 ( )あいさつやきまった言い方を学ぶこと

 第1学年の指導計画のこの項にあげた解説参照。

 第2学年にはさらにむずかしいことを加えてよい。社会的表現というものが非常に弾力性に富んでいるので,きまった練習をあげることはできない。

 

 ( )紹介すること

 第1学年の指導計画の同じ項にあげた解説参照。

 第2学年では紹介にさらに多くの会話を付け加えてもよい。

 

 ( )電話で話をすること

 第1学年の指導計画の「電話でやさしい話をすること」の項参照。

 第2学年では Hello その他の切り出しに続いて仮想の依頼や問い合わせを付け加えてもよい。

 

 ( )さしずをしたり,されたりすること

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 この学習活動の変化と範囲とは,よく覚えたこの方法で運用できる英語のことばの性質と分量とによって決まっててくる。したがって,ここには例をあげない。

 

 B.主として読み方に関するもの

 ( )発音記号を読むこと

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 

 ( )フラッシュ・カードおよびフラッシュ・ストリップスを作ったり読んだりすること。

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 

 ( )絵の中の物品・人物・場所を述べている語・句・文を読むこと

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 

 ( )黒板に書いてあることを読むこと

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 

 ( )謄写刷り教材を読むこと

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 読み方や重く仕事の量が増すのにつれて。この学習経験もしだいに増してくる。忘れてはならない最もたいせつな原理の一つは,この学習活動と他の学習活動とを統合することである。

 

 ( )生徒の書いたものを読むこと

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 第2学年では客観的筆記テストの結果を回答照合票を用いて調べるのに,生徒に手伝わせることを始めてもよい。つづりや句とう点の誤りなどを見落さないようにするために,生徒が互に調べ終った後に教師がざっと目をとおすのがよい。そして生徒の技能が進むにつれて,2人または3人の生徒が同じ答案を見直す。教師の管理のもとに生徒自身が書いてはり出した掲示を読むことは役にたつ学習活動である。

 

 ( )教科書を読むこと

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 D.H.Stott氏は次のように言っている。「読み方教材についてきわめてたいぜつなことは,やさしいものでなければならないということであろう。たどたどしい翻訳が不必要なほどやさしいものでなければならない。」「むずかしさの標準は,学級としてテキストを翻訳できるかどうかではなくて,翻訳しなくとも理解できるかどうかということである。」(注3)

 

 ( )いっせいにまたは各自に音読すること

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 

 ( )物語の中の登場人物が話す部分を読むこと 

 この学習活動については,第1学年の指導計画の「いっせいにまたは各自に音読すること」の項にあげてある。この方面における本式の努力は第2学年に始めるほうがいっそう適切である。

 読む前にまず登場人物について説明したり話し合ったりしてもよい。そうすれば,なぜある人物がそのように話さなければならないかということがはっきりしてくる。このようにすればこの学習活動はいっそう興味深く意義あるものとなる。

 この学習活動は,会話英語の技術を指導し,小劇や対話を行うのに,りっばな準備段階となる。

 正しい抑陽と表現のために,教師は学力のある英語国民の権威者が抑揚の符号をつけたものを調べるか,または前もってその権威者の援助を受けるがよい。もしまちがって取り扱えば,この経験は生徒にまちがったことばの習慣をつけさせて,ひどい害を及ぼすことになる。

 

 ( )黙読すること

 外国語の学習において,音読は必要な経験ではあるとしても,この学習活動は,単に時間を多く取りすぎる危険があるばかりでなく,実際の生活においてはるかに広く行われている活動,すなはち黙読の学習活動をおろそかにする危険もある。

 教師は絶えず読み方は読み方であって,符号の判読ではないことを心に留めておかなければならない。生徒がよく知っている十いくつかの単語ごとに新語や新句の意味を見つけ出す必要がなくなるぐらい読み方の教材が適当に難易によって配列され,そして生徒が本に向かう前の準備が適当であれば,それではじめて読むことを期待することができる。書いてあることがどんなことかについてほとんど見当もつかないうちに,動詞の時制・法・人称・数等を絶えず説明したり,あらゆる種類や型の細がい文法的注釈をしなければならないようでは,教師は読むことを指導しているのではなくて,書かれていることの意味を理解するのを助けているにすぎない。

 黙読では生徒は,(1)読んでいることを理解していなければならないし,(2)適当な速さで読まなければならない。次の技術は第2学年程度にふさわしいであろう。

 

 ( )読み方教材の中で,質問の答にふさわしい事実を見つけ出すこと

 読み方の学習活動には大別して三つの型がある。すなはち知るために読むことと楽しみに読むことである。

 読んだ教材に基いて答ができるような問をいくつか出す。いくつかの答の中から正しいものに印をつけたり,真偽法によって印をつけたりする。これは理解を評価するのに非常によく使われている学習活動であり。読んだり調べたりすることを指導するときにも同じように役にたつ。

 

 ( )目次表・索引および用語集を使うこと

 第2学年の生徒は英語をじゅうぶんに知っていないので,この分野での活動はほとんど期待できない。きわめて初歩の方法で手ほどきするのみである。たとえばもし用語集を使う必要がないならば,そうすることを必要とする場面をつくって用語集を用いるように指導するがよい。初期にはせいぜい用語集または索引のアルファベット順の配列に慣れて語を見つけ出すぐらいである。

 目次表・索引および用語集を使うことは非常にたいせつである。そしてこのようなものは日本で発行されている本よりも英米で発行されている本にはるかに多く出ている。かなり詳しい同目次表や索引があるのに,いちいちページをくって本の中のある事がらを調べ出すのは愚かしいことである。英語のこども用百科或典またはそれに類するものがなければ,第2学年て索引をひくことを指導するのは不可能かもしれない。そのような場合には,この練習はもっと適切な時に必要が起ってくるまで延期すべきである。

 

 ( )辞書を使うこと

 辞書を使うことは生徒の英語の知識が進歩するにしたがってしだいに増してくるはずである。逆に,もし最初から生徒が語や句の意味を辞書で絶えずさがさなければならないようでは,指導の方法に何かまちがいがあると言わなければならないであろう。その理由は,生徒の英語の知識がこのような参考書を有効に用いられるほどじゅうぶんに進歩していないし,そして辞書を使って意味を指導することはいくつかの方法のうちの一つにすぎないし,また決して初期における最もよい方法ではないからである。

 しかし第2学年では,語のアルファベット順の配列を説明してやって,どのようにして語を見つけ出すかを指導し始めてもよい。

 わが国で発行されている英語の辞書の大部分に使われているような発音記号を読む知識を生徒が身につけたならば,強い形と弱い形のある語の場合に語勢のあるなしが発音に影響することを注意して,語の発音を辞書をひいて見るように奨励することができる。(付録U,W,4,5参照)

 生徒は見出し語と派生語との関係についてあまりよくわかっているとは思われない。実際に生徒は辞書をじゅうぶんに活用することはできない。しかし語のアルファベット順の配列を学ぶ程度のことはできる。そして次のような練習は役にたつであろう。

 

 ( )楽しみに読むこと

 楽しむための読書はほとんど努力しないで理解できる言語や語いで書いてあって,学級図書だなまたは学校図書室に備え付けてある書物で始めるのがよい。母国語での読書は大部分楽しみ一点張りの読書である。そしてもし外国語でもそれができれば読書の非常な刺激や利益となる。望ましいと思われる読物の一覧表は「教育課程材料の源とその学年配当」の章参照。

 

 ( )新聞やウィークリーを読むこと

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 第2学年ではこの経験はいっそう進んだものとなり,このような読物は教室で読んだり話し合ったりする。

 

 ( )本や雑誌を読むこと

 「新聞やウィークリーを読むこと」の項参照。

 

 ( )英語のスクラップブックを作ること

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 この学習活動は第2学年程度の教材で行うことができる。

 

 ( )伝記を読むこと

 第2学年では伝記が教科書のところどころに出て来るかもしれない。口頭による準備をほとんどまたはまったく必要としない高等学校の第2学年および第3学年のような読み方をすることはないであろう。要するに生徒が辞書をひいたりその他の参考書を見たりして独力で読むことは期待できない。したがって,教師は伝記を読む前に口頭によるじゅうぶんな準備をしなければならない。しかし伝記の中の人物の一生について前もって話し合うのに時間を取りすぎると,テキストの興味と新鮮味とを大いにそいでしまうので,口頭による紹介の方法については注意しなければならない。

 伝記を読むことに伴なってあらゆる口頭や筆頭の練習をすることもできる。

 

 ( )短い物語や小説を読むこと

 「伝記を読むこと」の項にあげた原理がこの学習活動にあてはまる。

 

 ( )劇や脚本を読むこと

 この種の学習活動は会話英語を進める上で興味と技能とを高めるのに非常にすぐれている。言語が生きているものであって,実際生活に近い場面で最もよく学び得られるから,劇中の人物のような気になればなるほど効果は大きい。

 生徒を幾組かに分けて,それぞれの組が1人の登場人物のせりふを,いっせいに読むこともできる。後にいつものように教師の指導のもとにひとりひとり読む。次に登場人物にふさわしい位置について役割を演じ,それぞれのせりふを読ませる。次に手にテキストを持って演じ,最後には実演となる。

 

 ( )詩を読むこと

 第1学年の指導計画の同じ項にあげだ原理が第2学年にあてはまる。

 

 ( )学級図書だなおよび学校図書室を整備すること

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 第2学年では第1学年よりもはるかに多く読むので,この種の経験にはもっと多くの時間をさいてもよい。

 

 ( )図書室で本やその他のものを見つけ出すこと

 生徒は用語集や辞書をひくことを学ぶにつれて,アルファベット順に配列してある本もその他の教材も同様にたやすくさがし出すことができる。

 生徒は索引カードを調べて物を見つけたり,本を借り出したり返したりするあらゆる慣習を学ばなければならない。

 

 C.主として書き方に関するもの

 ( )書き方練習

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 

 単なる習字の練習は大部分の生徒にとってきわめて無味乾燥なものとなりがちなので,この練習は,(1)学校で用いる標識を作るとき,(2)掲示板の掲示をつづるとき,(3)日記をつけるとき,(4)手紙を書くとき,などのような機会があって必要に迫られたときにするほうがよい。このような学習活動においては,それぞれの場合に必要な慣習や行間のあきなどを学ぶ。

 

 ( )黒板の語・句・文を書き取ること

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 このような学習活動は,その経験を指導計画の他の部分と統合して意義あるものとしなければならないことを付け加えて言っておこう。この学習活動の技能を発達させるために,ほかの活動と関係づけないで,ただ書き写す練習だけをしても効果は望めないし,それはまったく無味乾燥な骨折になってしまう。

 

 ( )書取をすること

 第1学年の指導計画の同じ項にあげた原理が第2学年にあてはまる。

 

 ( )口頭および筆記の問に答を書くこと

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 

 ( )ヒントを得て,またはヒントなしで,思い出して書くこと

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 

 ( )実物・絵画・地図および動作を書いて述べること

 口頭で述べることと書いて述べることとにはなんら根本的な相違はない。

 第1学年の指導計画の「実物・絵図および動作を口頭で述べること」および第2学年の指導計画の「実物・絵図・地図および動作を口頭で述べること」の項参照。

 紙にこのような描写を書く能力は,たとえ機械的な「常とう会話」の形式であっても,作文が書けるようになるまでの必要な段階である。

 

 ( )言ってみたり,書いてみたりして,つづりを習うこと

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 この指導計画の終りにある「適当な単語その他の遊び」も参照。

 

 ( )句とう点および大文字を正しく使うこと

 日本語には句とう点がほとんどなく,大文字にいたってはまったく存在しないので,わが国の生徒にとって句とう点も大文字も目新しいこととして取り扱わなければならない。

 句とう点が二つの大きな部類に分けられることに注意しなければならない。

 (1)文法的に用い,すなわち言語の性格に従って用いるもの。

 (2)話し方の修辞的性質に従って用いるもの。

 また(1)重い句とう点と(2)軽い句とう点のあること,そしてある種の句とう点について相入れない二つの学派があるときは,これらの二つを混同することはよくないことにも注意すべきである。

 文法的句とう点は言語の意味に影響する。

 たとえば

 この二つは同じ意味ではない。第一の例では who は brother とは comma で区切られていないから,代理をしている名詞を修飾している。話し手は他に1人またはそれ以上の兄弟のあることをほのめかしている。これに反して第二の例では who 以下の句は comma で区切っている。who 以下の句は,上の第一例では切り離して孤立することができない文,すなわち“My brother arrived yesterday.と直接のつながりをもたないことを言っているので,1人またはそれ以上の兄弟のあることをほのめかしてはいない。もし話し手に2人またはそれ以上の兄弟があるときには,次のように言わなければならない。  次の二つの例の相違でわかるように,修辞的句とう点は感情的に用いる。  次に句とう点を二通りにつけた文がある。 ここでは相違を論ずる余白はない。この例はある種の句とう点を一貫して用いるべきであることを示すために出したのである。

 大文字を用いることについてもまた,書く人は首尾一貫すべきである。たとえば government という語をある箇所で大文字にしなかったり,他の箇所でしたりすることはよくない。

 次にいろいろな練習問題を掲げておく。

 

 ( )略語を正しく用いること

 略語を書くのに二つの流派がある。これらの流派のうちの一つで古い方の流派はどれもこれも終止符をつける。

 これらの流派の第二のものは略語(abbreviation)と縮約語(contraction)とを区別する。

 この第二の流派によるとMr.,Mrs.,Dr.,とpt.のような語は縮約語である。なぜならばこれらは最初と最後の文字以外は一部または全部を縮めてしまったのである。一方にCapt; etc.,Cap.,などは省略されたものである。なぜならば語の後半がないからである。第二の流派は省略の後にだけ終止符をつける。それでMr.,Mrs.,Dr.,pt.,のように縮少されたものの形は終止符をつけない。すなわち Mr,Mrs,pt のようにする。

 この縮約語の後の終止符を省くことは,保守的な英国でさえも権威者が推奨している。そしてかなりの人が実際に用いている。

 記億すべきことは,何とう点の場合のように二つの方法のうちのどちらか一つを選ばなければならないときは,二つの流派の一つに従うべきである。それは教師が生徒にその選んだものを押しつけるのではなくて,生徒の学習が一貫していなければならないという意味である。

 

 ( )適当な余白を置くこと,およびその他同じような慣習を守ることを学ぶこと

 適当な余白を置くこと,新しい行の初めの文字を引っ込ませること,行間の適当なあけ方,などのような慣習は,これらのことを必要とするあらゆる筆記を伴なう作業において指摘する。このようなあらゆる慣習はたいせつであり,詳細にわたってじゅうぶん注意を払わなければならない。

 

 ( )学校用の標識を作ること

 この種の学習活動は印刷体の書体を書く練習とあいまって行う。学校が公の催しものの番組を決めて客を招くときに特に,この種の学習活動は意味があり励みともなる。

 

 ( )掲示板に掲示を書くこと

 これは役にたつ学習活動で,あまりむずかしいものではない。生徒は日本語の掲示の英語訳を掲げることもできるし,また英語課程の場合には英語だけで掲示を作成することもできる。  ( )作文練習

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 第2学年では短いパラグラフをつづる手ほどきをしてよい。

 

 ( )日記をつけること

 主として家庭や学校のことを話題とする口頭作文は,日記をつける技術にとって非常な助けとなる。

 もし日記体の文体を使うことが,進歩のこの段階において可能でないかまたは望ましくないならば,普通の文体でよい。

 ( )手紙を書くこと

 第2学年では最も簡単な私信を書くのがせいぜいである。最初の数行に季節のあいさつをする日本の習慣は英語の手紙には適用しない。実際に私信の言語と文体とは英語では非常に単純である。一般に会話式に手紙を書く。それが現在,最もよい文体として認められている。それで生徒の言いたいこと言うことのでぎることを詳くように指導する。学んだ英語が初歩的なために外国の生徒と文通することが不可能ならば,近くの学校または同じクラスの人たちと,文通してもよい。

 最初の段階においては,最小限度の慣習に従って書くのがよい。たとえば,右上部の住所を略して日付のみを書くこと。

 

 ( )和文英訳

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 英語の表現に対する日本語のおおよその同意語を与えて書かせる。数週間の後に学んだ英語を日本訳を通して再現させる。

 

 D.適当な単語その他の遊び

 語つづりリレー――

 学級を二つまたはそれ以上のチームに分ける。前もって作っておいた単語練習から一語を読みあげてつづらせる。各チームから生徒が黒板に出てそれをつづって書く。教師は表から次の語を読みあげる。生徒は前もって整列していた順に黒板に出て来て第一語の下に書く。こうして表にのっている語を全部読み終るまで続ける。正しくつづった一つ一つの語に点を与え,それらを合計する。

 red(read)または sew(scene のような同音異義の語のある場合には,教師は文脈との関連においてその語を示すべきである。たとえば“We have seen it. の中の seen”のごときである。

 つづりおくり――

 学級を一列に並べて一方の端を最上部,他方の端を最底部とする。つづりを言うように語の練習から一語を読みあげる。列の最上部の生徒が口頭でつづりを言う。もし正しい答ができたらそのままの場所にいる。そして列の次の人に表の次の語を出す。もし最初の人がまちがうと列の最底部へ行く。そしてその次の生徒が列の頭に出る。生徒は並んでいる列の順番でゲームを進める。

 このゲームのもひとつの遊び方は学級を二つに分けてそれぞれを前のように一列に並べる。チームは互に向き合い,教師が一語を読んで初めのチームからつづりを言い始める。正しい答ができた場合は点を取る。もしできなければ反対側のチームヘ譲る。もしまたその人ができればそのチームが一点かせぐ。失敗したら,他のチームの次の人が試みる。この場合につづりをまちがった生徒は最底部へは行かない。ただ単に得点にならないだけである。

 表の語がなくなったら得点を合計する。点の多いほうが勝である。

 次の図はチームの整列のしかたとその順番を示す。

 

 動くアルファベット――

 ゲームをする人たちはチームをつくって二列に分かれる。そして向かい合って腰かけるか立っている。両チームの距離は約10フィートないし15フィートとする。各生徒は四角なボール紙に黒い大文字で書いたアルファベットを一字ずつもらう。教師は用意した練習から,手もとにある文字でつづれる一語を読みあげる。その語の文字を持っている生徒が定めの場所に走って行って読まれた語をつづってカードを掲げて一列に立つ。この最初にうまくできたチームは一点をとる。

 表の語がなくなったとき点数を合計する。点の多いほうのチームが勝つ。

 次の図がチームの並び方とそれぞれがつづりをするとき並ぶ位置を示す。

 

(注1)F.G. French,The Teaching of English Abroad ,Oxford University Press,London,1948,pp,110 and 112-3

(注2)初歩の会話の型については,H.E. Palmer,Conversational English 開拓社,東京,1948,pp.65-89

(注3)D.H. Stott,Language Teaching in the New Edition,University of London Press Ltd,pp.62-3

(注4)L.W. Leavitt,The Teaching of English to Foreign Students,Longmans,Green & Co.,London,New York,Tronto,1940,Reprinted 1941 and 1946,p.49

(注5)Michel West,The New Method Readers for Students of English,Alternative Edition,Reader U,Longmans,Green & Co.,London,New York,Toront,Calcutta,Bombay,Madras,1942,pp.75-6

 

 

 

3.中学校第3学年における生徒の経験

 A.主として口頭に関するもの

 ( )実物・絵画・地図・図表および動作を口頭で述べること

 第1学年および第2学年の指導計画のこの項参照。第1学年には地図も図表もない。地図は第2学年で加えられ,図表は第3学年で加えられている。

 次に第3学年で適当と思われるものの一覧表をあげておく。

 きわめてやさしい叙述ならば,求めても無理でないであろう。もし気温図表や天気図があれば,英語で説明することを教えることができる。  

 ( )問答

 第1学年および第2学年の指導計画のこの項参照。

 問答がじゅうぶんできるようになれば,厳密にいって問答に属さない技術を教えてもよい。この技術はほかの人の言ったことに対する口頭による反応を含んでいる(注1)。次に第3学年でできるやさしい型をいくつか掲げる。

 

 ( )口頭作文

 第1学年のこの項にあげた原理と技術とは第3学年にも同じようにあてはまる。違うことは,構文の型や時制をさらに追加し,第3学年程度の表現法を取り入れる点である。

 第3学年では,多くの関連のある文を次から次へと作らせるような,簡単な話題に基いて口頭でつづる訓練をしてもよい。たとえば実物・絵画・地図・図表および動作について説明するのもよい。このことについては別な項ですでに述べた。

 

 ( )番組の項目などを口頭で知らせること

 第2学年の指導計画のこの項参照。

 

 ( )教室会話(常とう会話)

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 また第3学年の指導計画の前各項参照。第1学年および第2学年の指導計画のうちこの項の前にあるすべての学習経験は,この作業のなんらかの基礎となるものであるから,これらを再び研究するがよい。

 

 ( )テキストによる生徒相互の会話

 第1学年の指導計画のこの項参照。第1学年および第2学年の指導計画と第3学年の指導計画とのおもな相違は,言語材料と内容との進んだ性質にある。

 

 ( )テキストによらない会話

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 最初にあげた学習活動,すなわち「動作による英語学習」は第3学年の指導計画にはない。

 

 ( )例にならって語・句・文をくり返すこと

 第1学年および第2学年の指導計画のこの項参照。

 この学習活動における知識と技術とが進むにつれて,抑揚にますます重点を置くべきである。この問題はわずかの紙面ではじゅうぶんに扱えない。付録U 発音記号・抑揚符および連音の諸問題ならびにこの集の第2巻の発音および抑揚などの学習指導の章を参照されたい。

 

 ( )語群・慣習的な表現および例文をあんしょうすること

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 第3学年ではありふれた表現を多く付け加えてもよい。また英語学習の最初の2年間よりは,この学年では慣用的な表現を用いるのによりよい土台ができていると見なされる。その理由は,習得したより多くの構文の型とあいまって慣用的な表現を用いることができるからである。

 次にmatterという単語のさまざまなありふれた用法の一覧表を示そう。

 

 ( )歌を歌うこと

 第1学年の指導計画の「簡単な詩を暗記しあんしょうして歌うこと」の項の解説参照。  

 ( )詩やテキストを暗記したり,あんしょうしたりすること

 第1学年の指導計画の「簡単な詩を暗記しあんしょうして歌うこと」の項の解説参照。

 第3学年では詩の格調や韻などのような最もやさしい特徴をいくつか指摘してやるのもよい。和歌・俳句および近代詩のリズムとの簡単な比較は,強さアクセントと高さフクセントとの相違を印象づけるのに役だつ。これは高等学校第1学年の現代の文語体を学習する準備として役だつ。

 

 ( )蓄音機のレコードを聞くこと

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 

 ( )ラジオを聞くこと

 第1学年の指導計画のこの項で述べたことは第3学年にもあてはまるが,ただラジオの英語の教材が,普通第1学年や第2学年よりも第3学年にはるかによく適当しているという事実は別である。もし番組が特に第3学年向けの補助教材であり,また生徒たちが英語にじゅうぶんに進歩しているならば,上に述べたことはいっそうよくあてはまる。

 

 ( )学校放送をすること

 第1学年および第2学年の指導計画のこの項参照。

 

 ( )トーキーを聞くこと

 言っていることを伝えるのに,トーキーの場合は絵が役だつということを除いて,ラジオを聞くことについて述べたことがトーキーにもあてはまる。しかしこの例外は,英語の知職が進むに従って大きくなる。それゆえ「学習の補助として,今日でも,蓄音機・ラジオ・絵本──ほとんどどんな本でも──トーキーの効果には及ばなくなっている。もちろん英語を話す人々の中で実際に生活することを除いては,これ以上よい交流の方法はない。」(注3)  

 ( )物語および対話を劇として演ずること

 第2学年の指導計画のこの項参照。

 第3学年では第2学年におけるよりももっと多くの物語を読んでいるであろう。それゆえ次のような物語を劇として演ずることもよいであうう。(1)劇に演じておもしろいもの。(2)会話教材をたくさん含んでいるもの。使用している教科書に劇が一つ二つあるならば,それは文体や材料の並べ方についての模範となる。

 多くの紙面をとるのでここには例をあげない。

 

 ( )人形しばいを上演すること

 第2学年の指導計画のこの項と第2学年および第3学年の指導計画の「物語および対話を劇として演ずること」の項参照。

 

 ( )紙しばいを上演すること

 紙しばいは日本語を英訳するのにすばらしい刺激となる。また英語をおもしろく楽しく用いるのにも刺激となる。もし物語や対話を教科書や何かの英語の本から直接にとれるならば,このような翻訳はいらない。その代り少し書き換えなければならないかもしれない。絵は生徒自身で描くがよい。

 その技術はよく知られているから例は掲げない。

 

 ( )他の学級・学校および両親のためにプログラムを上演すること

 第1学年のこの項に述べた原理が,第2学年および第3学年にもあてはまる。第3学年では学習活動や練習活動が当然もっと程度の進んだものになるであうう。特に「物語および対話を劇として演ずること」および「人形しばいを上演すること」の項の解説参照。

 

 ( )あいさつやきまった言い方を学ぶこと

 第1学年および第2学年の指導計画のこの項参照。

 あらゆる種類のありふれた表現を第3学年で学習できるであろう。これらは連語(注4)ではないが,実際にはきまった言い方と見なされるくらい広く用いられるようになったものが多い。

 

 ( )紹介すること

 第1学年および第2学年の指導計画のこの項参照。第3学年では,紹介にあたって会話教材をもっと多く用いることができるであろう。   (Following the preliminaries)  

 ( )電話で話をすること

 第1学年および第2学年の指導計画の「電話でやさしい話をすること」の項参照。

 きまった言い方をいくつか教えるのもよい。

 

 ( )さしずをしたり,されたりすること

 第1学年および第2学年の指導計画のこの項参照。

 この活動に類したほかの活動を付け加えることができるであろう。第3学年で紹介した地図や図表について説明する活動を通して,さしずをしたりされたりすることを教えるのもよい。教師または生徒がある場所までの行き方を聞いたり教えたりするのもよい。最初の段階では,答にきわめてやさしいさしずを必要とする質問のみを出すのがよい。

 

 ( )英語国民を招いたり訪問したりすること

 もし英語国民で近くに住んでいて,喜んでやって来て生徒たちに簡単な話をしたり生徒たちと会話をしてくれる人があるならば,招くのもよい。このようなことは,生徒が学習している国語を話す人たちと,直接接触する機会となる。話される英語がきわめて簡単なものでも,生徒が学校で聞き慣れている英語との間にどうしても相違があるため,大部分の生徒にとってわからない場合には,学校はよい通訳に日本語に訳してもらうように計画してもよい。英語で言おうとする事がらの意味を伝えるもひとつの方法は,英語で話す前に日本語で話してやることである。すなわち前もって話し手とよく打ち合わせておけばよい。最初に国語で言うことによって,どんなことが話されるかという概念を与えることは,有能な教師が用いて成功したやり方である。

 もし生徒の訪問を喜んでくれる英語国民がいるならば,これもまた価値があろう。生徒たちはつとめて礼儀正しくしなければならない。というのは,その人たちは自分の知らない人々に特にグループで訪問されることについては往々神経を使うものである。訪問者も訪問される人もともに,何を求め何をするかということを知ることができるように,あらかじめ話題について打ち合わせをしておくことは常に望ましいことである。日本の習慣とは反対で,はじめての訪問は短時間で概して約15分から20分ぐらいである。また時刻を厳守しなければならない。

 

 ( )短い演説を準備してすること

 きわめて短くてやさしいものだけを試みるがよい。たとえば生徒たちが一つか二つのパラグラフの長さの英語を書くことを習っており,またこれが人前で話すのに適当な内容ならば,自分が書いたことを記憶したりそれを話すことをすすめてやるがよい。普通の形の“Mr.Chairman( Madam Chairman),ladies and gentlemen”を用いてもよい。

 もし生徒にあまり多くを求めすぎると,失望させることになろう。それゆえ最初のうちは気持ちのよい声や楽な姿勢のような,きわめて簡単な規則のみを守ればよいであろう。

 

 B.主として読み方に関するもの

 ( )絵の中の物品・人物・場所を述べている語・句・文を読むこと

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 百科事典やその他の参考書の使用法を覚え始めるにつれて,この種の学習活動をさらに発展させる機会が当然出てくる。百科事典としては特に英語国民のこども向きとして編修したもののみがよく,それはまたりっぱな知識の泉なのである。

 

 ( )謄写刷り教材を読むこと

 第1学年および第2学年の指導計画のこの項参照。

 

 ( )生徒の書いたものを読むこと

 第1学年および第2学年の指博計画のこの項参照。

 この分野におけるさらに多くの学習活動として,手紙や短い記事を取り交わすがよい。

 

 ( )教科書を読むこと

 第1学年および第2学年の指導計画のこの項参照。

 読み方や書き方の学習活動において,音読に先だつ口頭準備に予備的活動を付け加えるがよい。はじめて接する読み方の教材に出てくる語・句・文を読めるようになる前に,読み方や書き方活動および口頭活動を通じて指導してもよいということである。第2学年の指導計画のこの項で述べたことは,細心に計画した予備作業によってはじめて実現できるのである。この予備作業が必要だからといって,教科書の読み方の後に続く学習活動はやはり必要でもあり望ましくもある。

 

 ( )いっせいにまたは各自に音読すること

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 

 ( )物語の中の登場人物が話す部分を読むこと

 第2学年の指導計画のこの項参照。

 

 ( )黙読すること

 第2学年の指導計画のこの項参照。

 

 ( )読み方教材の中で,質問の答にふさわしい事実を見つけ出すこと

 第2学年の指導計画のこの項参照。

 もちろん教材は第3学年程度のものでなければならない。この学習活動は「目次表・索引および用語集を使う」学習とともに進めてもよい。

 

 ( )一般的な知職を求めて読書すること

 これはいくつかの方法でできる。(1)よく選んだ読み物を与え,読んだものについて英語や国語で要点を書いてもらう。(2)よく選んだ読み物を与え,その中の事がらの要点を順序正しく書いてもらう。(3)「読み方教材の中で,質問の答にふさわしい事実を見つけ出すこと」の場合のように,読んだことについて真偽法・選択法または完成法のテストをしてもよい。(4)読んでいくうちに気づいた点をいくつか口頭で述べてもらってもよい。

 

 ( )目次表・索引および用語集を使うこと

 第2学年の指導計画のこの項参照。

 第2学年で習得した索引・用語集および辞書の語のアルファべット順の配列がわかる能力をのばしていけば,この分野においてもっと進んだ学習活動をすることができるようになる。百科事典やその他の参考書を用いる新しい学習活動は,この技能を訓練するいっそう多くの機会や刺激となるべきである。

 

 ( )辞書を使うこと

 第3学年では次のことにおいて,はっきりした踏み出しをするように指導するがよい。(1)見出し語により派生語を見つけ出すこと。(2)adj., conj., fem., mas., n., ad., adv., sing., pl., prep., vi., vt. のような略語に慣れること。(3)語の機能が現われている正しい構文の型を見つけること。(4)定義のみが出ている辞書と用法を示す例文が出ている辞書とを見分けること。

 

 ( )百科事典およびその他の参考書を用いること

 もし学校がこども百科事典を備えていないならば,無理のない程度でできるだけ早く努力して手に入れるようにするのがよい。

 生徒に,(1)記事の配列のしかた,(2)各巻の外に付いたかしら文字の理由や意味,(3)索引の使い方,(4)あまり苦労しないで資料を見つけ出す方法,などを教えるがよい。

 質問をいくつか出して, その資料のあるページを指摘してもらう。

 

 ( )楽しみに読むこと

 第2学年の指導計画のこの項参照。

 読み物一覧表については,「教育課程材料の源とその学年配当」の章の中の一覧表参照。

 読書クラブを始めるのもよい。

 

 ( )新聞やウィークリーを読むこと

 第1学年および第2学年の指導計画のこの項参照。

 特に第3学年程度向きに編修した新聞やウィークリーを教室に持ち込んでもよいし,またその資料を教科書と同じように扱ってもよい。

 

 ( )本や雑誌を読むこと

 「新聞やウィークリーを読むこと」の項参照。

 

 ( )英語のスクラップブックを作ること

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 この学習活動は第3学年程度の材料で進めることができるし。書き方練習に活を入れるのに役だつはずである。

 

 ( )伝記を読むこと

 第2学年の指導計画のこの項参照。

 その原理は第3学年にもあてはまる。

 

 ( )短い物語や小説を読むこと

 第2学年の「伝記を読むこと」の項にあげた原理は,この学習活動にもあてはまる。

 

 ( )劇や脚本を読むこと

 第2学年の指導計画のこの項参照。

 

 ( )詩を読むこと

 第1学年の指導計画のこの項に述べた原理は第3学年にもあてはまる。

 生徒が詩に興味をもっていなければ,言語を教える手段とする場合を除いては,詩を扱うことは賢明ではなはい。

 

 ( )学級図書だなおよび学校図書室を整備すること

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 生徒たちおよび教師たちは第3学年にふさわしいどんな種類の読み物が手にはいるかを調べて,これらの資料の一覧表を作ったり,これらを手に入れるように努めるのもよい。

 

 ( )図書室で本やその他のものを見つけ出すこと

 第2学年の指導計画のこの項参照。

 

 C.主として書き方に関するもの

 ( )書取をすること

 第1学年の指導計画のこの項に述べた原理は第3学年にもあてはまる。

 第3学年では必要なまたは望ましい句とう点を入れてもらうのもよい。

 

 ( )口頭および筆記の問に答を書くこと

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 生徒が答えられるような質問を与えるがよい。この問答による学習活動は,生徒が事実についてどれくらい知っているかをテストするためではなくて,話しことばとして言語を使う訓棟のために行うのである。

 

 ( )ヒントを得て,またはヒントなしで,思い出して書くこと

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 

 ( )空欄に必要な事項を記入すること

 この学習活動は「氏名」・「住所」・「学年」などの項目のもとに,生徒にその氏名・住所・学年などを空欄に記入してもらうことから始めるがよい。またできあがれば履歴書になるような様式のものに記入してもらうのもよい。  

 ( )実物・絵画・地図・図表および動作を書いて述べること

 口頭で述べることと書いて述べることとの間には,なんら根本的な相違はない。

 第1学年の指導計画の「実物・絵画および動作を口頭で述べること」・第2学年の指導計画の「実物・絵画・地図および動作を口頭で述べること」および第3学年の指導計画の「実物・絵画・地図・図表および動作を口頭で述べること」の項参照。

 

 ( )言ってみたり,書いてみたりして,つづりを習うこと

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 また第3学年および第2学年の終りの「適当な単語その他の遊び」参照。

 

 ( )句とう点および大文字を正しく使うこと

 第2学年の指導計画のこの項参照。

 これまで学んだことは別として,行の初めに句とう点を打たないように指導するがよい。すなわち,これは行の終りに句とう点を打つべき「ます」がないときに,次の行の初めに句点やとう点を印刷するような日本の習慣から出たよくやるやり方である。

 

 ( )略語を正しく用いること

 文語体の作文や手紙では,ひかえめに用いるべきである。この事実を知らないと,会社の名称にのみ&が用いられるのに,andの代りに&を用いたりするようになる。

 次に,第3学年で教える略語の一覧表と,正しい現代の使用法によって略さないでつづる語の表を掲げる。

 

 ( )適当な余白を置くこと,およびその他同じような慣習を守ることを学ぶこと

 第2学年の指導計画のこの項参照。

 一度に書く分量が増してくるはずなので,紙の上・下に1インチまたはそれ以上の余白を残すように指導するがよい。たとえ書く分量がこのことを必要としないにしても,第3学年にこの種のことを指導することは適当と思われる。基本的な原理はたいてい中学校の段階で学習すべきであるからである。

 

 ( )学校用の標識を作ること

 第2学年の指導計画のこの項参照。

 

 ( )はり札やさげ札を書くこと

 英語ではり札やさげを書いたり,のりをつけたり,はりつけたりして,(1)物品や中味の性質・名称を示したり,(2)所有者や作者を示したりすることをしてもよい。このことはこれらの物品に関係のある学習活動をするときに,行うことがてきるであろう。

 これらの活動は,物品を陳列までするような学級や学校のプログラムに外国人の訪問者がある場合を仮定して行うと,さらに刺激となるであろう。はり札やさげ札に限らず,どんな短い記述でも,普通の日に学校に来る外国人の訪問者にいろいろなことを知らせるのに役だつであろう。

 これらのものを誤りなく読んでもらうために,印刷体で書くことが最もよい。

 

 ( )掲示板に掲示を書くこと

 第2学年の指導計画のこの項参照。

 

 ( )作文練習

 第1学年の指導計画のこの項参照。

 第3学年で紹介した英語を書くほかの学習活動をすべて加えるがよい。

 

 ( )日記をつけること

 第2学年の指導計画のこの項参照。

 

 ( )手紙を書くこと

 第2学年の指導計画のこの項参照。

 第3学年では手紙および封筒のあて名ならびに書き出しの敬称および結びのことばのありふれた形をいくつか書くことを指導してもよい。

 また手紙が2枚や3枚になるときに,終りの1枚に結びのことばと署名だけを書かないように指導するがよい。

 

 

 ( )学校新聞または雑誌に英文記事を書いて出すこと

 学級が英語に特にすぐれていなければ,非常な援助を受けなくては学級の英字新聞や雑誌を発行することはできないであろう。学級としてできることは,学校新聞や雑誌に英文の記事を寄稿することであろう。これらは,(1)発行するつもりでなくて書いたものでもよいし,(2)発行するつもりで書いたものでもよい。

 スポーツやニュースまたは話の欄に投稿することができる。そしてこれらはきわめて単純で短いものでよい。

 人に接し方・よい作法・常識・よい判断力・信頼するにたること・正確さおよび敏速のような,この職業に伴なう必要な札儀作法・判断力・習慣などを,研究し報告し実行するために委員会を設けてもよい。

 また,まず話をできるだけ簡単に話し,それから詳細に述べる方法を研究するのがよい。それゆえ,もし余白に対してあまり長すぎるようなことがあれば,たとえ後の部分を省略しても読者は話の要点がわかるであろう。

 ニュースの性質をもつ記事にはすべて,少くとも三つの点すなわち「何が」・「いつ」・「どこで」を含むことを学ぶがよい。もし必要があれば「なせ」・「どのようにして」を述べてもよい。

 

 ( )和文英訳

 第1学年および第2学年の指導計画のこの項参照。

 近代的な学習指導法によれば,翻訳をほんのわずかしか認めない。

 

 D.適当な単語その他の遊び

 第2学年の指導計画のこの項参照。

 次のような遊びも考えられる。

 

 伏せた母音をつづること──

 規則はつづりおくりの規則と同じである。ただ一つの例外は,母音を口頭でつづらないで,だれにでもうなずける身振りで示さなければならないことである。たとえばAは両手を顔の前に出して左右の指先を互につけてピラミッド型を作るように両ひじを離して横に張る。Eは片手を上げて表わし,Iは片眼または両限をさし,Oは口を突き出し,Uは両手を頭上に上げてUの形にして表わす。

 

 穴うめ競争──

 これはつづり字を遊戯で教える方法である。よく知っていると思われる語をいくつか最初と最後の一字だけを書いて与える。その抜けている字をうめてもらう。語によっては二つまたはそれ以上できる場合がある。正しい語ができあがればそれでよい。

 字の抜けている語は黒板に書くか謄写刷りして,下を向けて渡す。

 チームをたくさんつくって,どのチームが正しい答をいちばん多く出すか競争するがよい。

 解答のついた一覧表の例を次に掲げる。

 例は英文参照。

 文字が三つ・四つまたは五つの語を出すがよい。

 もうひとつの遊び方は,一定の時間内に,(辞書を用いない場合は)知っているだけの語を書いてもらい,(辞書を用いる場合は)できるだけの語を書いてもらうことである。

 

(注1)詳しいことは,T.Orde Lee,English“English”,Part U,三省堂,東京,大阪,Copyright,1932,p.150 et seq.参照。

(注2)長沼直兄著「根底 3,000 標準英語単語集」,開拓社,東京,1947を参照。この本は最もありふれた3,000の主要語およびそれらのいくつかの派生語ならびに慣用的な熟語および表現の例文を科学的に編集した表である。

(注3)Charles Duff,How to Learn a Language, Basil Blackwell, Oxford, 1948, p.67

(注4)「教材のうちの言語材料の難易による配列」の章の「非連語と連語」の項参照。

(注5)H.E. Palmer,Conversation English, 開拓社,東京,1947,pp.135-197 参照。

(注6)Hori,Pickering,and Horinby, A Complete Guide to English Conversation,大修館書店,東京,Copyright,1949,pp.111, 225, 227 参照。