第四章 理科の指導法

 

 理科の学習を指導する方法は,その土地の事情・学校の施設・設備・生徒の情況などによって違って来るのが当然である。また,取り扱う題材によっても,指導する人の個性によっても左右されるものである。このような種々な條件を考えに入れた上で,ここに最も適切な指導の方法がきめられる。だから,指導をどんなふうにするかは,指導する人がめいめいに編み出すものであって,與えられるはずのものではない。ここに述べるものは各自で指導方法を考える場合の参考資料の意味で,取り扱う題材の違いにはかまわず大体のことを示したに過ぎない。

 第一表及第二表は指導方法の大要であって,一単元の指導の方法を示したものである。

 第一表は低学年(1−3学年)向,第二表は高学年(4−9学年)向として考えた。3-4学年用として第一表と第二表の中間の型も考えられる。また4学年以上でも題材によっては第一表の方が取扱いやすい場合もあるであろう。もともと,この二つの表は全く別のものではなく,学年に応じて表現を少し変えたものに過ぎない。

 指導の始まりから終りまでを,まず四つの大きな段階に分ける。

 (一),導きの段階

 (二),研究の段階

 (三),整理の段階

 (四),応用の段階

 そして学習指導の段階を指導の様式から更に細かく5段階に分けて考える。
 
 

 

指導の段階

(1)研究心の導き

(2)学習内容の説明

(3)各個人又は班別の研究の指導

(4)整理

(5)発表

 (一)(二)(三)(四)の四段階のうち中心になるものは,研究の段階であって,ここで学習の目標にしていることが,大部分ものになる。これをものにするのに,いきなり研究問題を與えても,生徒は乗り気にならない。それはこれからやろうとする仕事の意味も面白味もわからないからである。そこで(一)の導きの段階が必要になって来る。ここで生徒がやってみたいと思う気持を十分に起こすようにすると後はスルスルと運ぶ。教師が主役となって大いに活躍しなければならないのはここである。といっても,学習全体を通じての重点が(二)にあることには変わりはない。(二)の研究の場面で活躍するのは生徒自体である。教師は生徒の活躍を助け,わきから励げます役に廻る。(三)(四)は最後のおさえである。これがないと学び得たものが十分に落ちついて,後々に発展するようにならない。

     第一表 理科学習指導方法の大要(低学年)
 
 
学習の段階
指導様式の段階
活  動
A導きの段階 興味を起す

必要を感じる

学びたくなる

〔問題を見る〕

1.研究心の導き(1)

  〔探りを入れ

  る調査〕

  経験を思ひ出さす

2.学習内容の説明(1)

  口・画・映画・幻燈

教師と話す

友だちと話す

聞く,見る

B研究理解の段階 研究する

筋書の通りにや

自分で工夫して

やる

できばえに満足す

納得する

{考察する   }

{問題を解決する}

3. 各個人又は班別

の研究を指導する

    (5−20)

 

遊び

観察する

栽培・飼育する

工作する

ものを集める

分類する

記録する

画をかく

画・掛図を見る

標本・模型を

見る

映画・幻燈を

見る

話をきく

見学する

問に答える

C整理の段階 まとめる 4. 整理(1−2)

5. 発表(1−2)

〔摘要をつくる〕

発表

 口で

〔書いて〕

D活用の段階 {応用}

{活用}

   

   〔 〕内は下の学年ほど現われ方が少ない

   ( )内の数字は力の入れ加減を示す

 

     第二表 理科学習指導方法の大要(高学年)
 
 
学習の段階
指導様式の段階
活  動
A導きの段階 興味を起す

必要を感じる

学びたくなる

問題を見る

1. 研究心の導き(1)

  探りを入れる

  調査

  経験を思い出

  さす

2. 前おき(1)

    教師の説明

問に答える

  口で

  書いて

話しあう

聞く・見る・書く

教科書の前お

きをよむ

B研究理解の段階 研究する

 筋書の通りに

 やる

 自分で工夫し

 てやる

考察する

問題を解決する

3. 各個人又は班

別の研究を指導

  (5−20)

読む

 教科書

 参考書

飼育・栽培する

実験する

観察する

実験を見せても

らう

実験をして学友

に見せる

調査する

見学する

工作をする

図を作る

映画幻燈を見る

画・掛図を見る

標本を見る

人の意見をきく

練習問題に答

える

C整理の段階 まとめる 4. 整理(1−2)

5. 発表(1−2)

摘要をつくる

発表

  口で

  書いて

D活用の段階 応用

活用

   

   ( )内の数字は力の入れ加減を示す

 一,導きの段階

 学びたい気持を起させるには,学ぶ事がらについて,必要なり興味なりを起させるにある。必要や興味を起させる時には,学ぶ事がらが生徒の経験の深いものか,浅いものか,好きなものか,嫌いなものかによって手数がかかったり手軽にいったりする。たとえば,低学年の生徒に「ままごと遊び」をさせる場合には,これは誰もよくやっている好きな遊びであるから,特別に苦労をしなくてもみんなが飛びついてやる。それでこの場合には(一)の段階は殆んど必要がなくなる。学年が上るに従って,生徒の好みが分れてくるとともに,一方では学ぶ事がらの中に生徒の経験の浅いものも出て来るので,研究心の導きに骨が折れる。それだけに趣向もこらし,時間もかける必要がある。

 学ぶ事がらに必要を感じるということについて,念のために断っておきたいことがある。この必要を感じるというのは学ぶ事がら自体に必要を感じることであって,先生にほめられよう,点数をもらおう,入学試験に出そうだというような必要感から出たものであってはならないのである。ところが,生徒が自発的にやったものであるから必要や興味に基づいてやったと考えている向きが少なからずあるが,つめこみの学習に慣れてしまっている場合には,余程深く考え直してみなければ気がつかないことが多い。

 二,研究の段階

 この必要と興味を感じさせることは,学習に入る時にだけ必要なことではない。実はあらゆる段階を通して必要なことである。どの実験をするに当っても,その実験に対して必要や興味を感じていなければ,学習は進まない。始めは面白くなくても,やっているうちに面白くなるとか,始めは何んのことだかわからなくても,やっているうちにわかるようになるとかよくいはれる。こういう場合も確かにある。しかし,やっているうちに面白くなる人が一人出るまでに,やっても面白くならないでやめてしまった人がいかに多くあったかを考えなくてはならない。民教育にあっては,多数のものを踏み台にする恐れのある方法はさけなくてはならない。やっているうちに面白くなる場合があるにしても,始めから面白くやれるに越したことはないのであるから,民教育に必要な教材である限り,何んとかして必要と興味を感じるように仕向ける方がよいにきまっている。

 第1段階の研究心の導きの項に「探りを入れる調査」というのがある。7-9学年用理科教科書「私たちの科学」の各単元の始めにある数個の試問のうち,一部はこの調査のためのものである。これらの試問のねらい所は,(1)その単元の学習に必要な知識経験をどの程度にもっているかを知るため,(2)このような知識経験を思い出させるため,(3)その単元の学習を行って始めて答えられる問題を與えて,これからの学習の必要感と興味を起こすためである。このような試問によって,生徒の知識経験の状態を予めつかんでおくことは指導の上に重要なことである。このような調査によってよく知っている生徒,知っていない生徒,学級全体が難かしいと思いそうな点などが明らかになるであろう。しかし,教科書に出ている試問はその見本に過ぎないのであるから,予備調査として完全なものを,また必要と興味とを抱かせるに足るようなものを,それぞれに考案されたい。4-6学年の教科書「理科の本」には,このような試問はまだとり入れてないが,以上の意味のもとに,いろいろ工夫して,ぜひ試みるようにされたい。3学年以下では筆答は無理でありかえって興味を失わせるおそれがあるから,これらの学年では教師が児童に話しかけて答えさせる方が効果があろう。

 第2段階の学習内容の説明では,(1)これから学習する問題をはっきりとつかませ,(2)生徒が問題の重要なことを十分に理解し,研究の必要を感じるようにし,(3)研究の興味を大いに起こすことが要件である。そのためには映画・幻燈・画等の利用もよく研究されたい。

 第3段階は各個人又は班別の研究を指導するもので,単元の学習全体を通じての主要な部分である。したがって時間も最も多くかけなければならない。

 科学を研究する時の出発点は生徒が自分自身で「これはおかしい,ふしきだ,なぜだろう。」と思う疑問を持つことにある。このような疑問を持たないものには科学教育をする手がかりがない。教科書に出ている問題は,このような疑問を生徒の心の中に誘うためのものだと考えられたい。教科書の問題がいつまでも教科書のうちの問題に止まり,與えられた問題であるから,解かなければならないというふうであっては,ほんとうに問題を解くために研究しようとする熱情は湧きあがってこないであろう。自分自身で疑問を持つということは,言いかえれば,問題そのものに必要と興味を感じることである。教科書は,生徒自身の疑問を誘い起こすようにするつもりで作るのであるが,個性の種々様々であるすべての生徒にあてはまるまでには至らないであろう。もし問題が生徒の心に疑問を起こさせるに不適当であったら,問題を改めるなり,排列をかえるなりされたい。

 またこの段階で,教科書を唯一の資料にして講義をするような授業がよく行われているが,このような授業はやめなければならない。こんな指導では科学的な知識や態度や能力は身につかない。後々運轉し活用するようにはならない。すなわち役に立たない。単なる科学的知識の注入暗記は嚴にさけなければならないのである。

 自分自身の疑問を持ったならば,この疑問を解くためにあらゆる方法手段を集中して研究する段階に入る。問題を解くのは生徒自身であって教師ではない。教師は生徒が問題を解くのを助けてやるのである。

 教科書はこの問題を解くための資料を供給する役目も持っている。ただ各学年の読書力,理解力の点から,9,8,7学年用には資料が多く6,5,4,学年と学年が低くなる程少く,3学年以下では教科書を持たせないのが現在の状態である。

 しかしこの現状が最もよいとは必ずしもいえないのであって,教科書の上でもいろいろな形で資料を與えることを工夫できる余地がある。それで教科書の不十分な点は教師の方で適当に補なって行くように努められたい。

 低学年向きの資料としては自然界の実物や,機械器具等の実物の観察はもちろんのこと,標本・模型・画・幻燈・映画・図等をよく利用するような工夫が大切である。これらを通して学習事項をはっきり理解するようになるものである。

 低学年の指導に当って特に考えておくべきことは,子供の遊びを学習の中に取り入れることである。子供が遊んでいるうちに知らず知らず学習の目標にしていることを経験し理解するようにする。例えば,ままごと遊びや賣りやさんごっこをしている間に,木や草の葉や花にはいろいろな形があり,性質にもいろいろ違いがあることを体験させるように計画するのである。

 高学年になるにつれ,教科書以外の参考書やその他の参考にする書類がいろいろ必要になって来る。生徒自身で問題を解くという学習の形をとるには,この必要は当然のことである。従来学級又は学校図書の備えつけが極めて貧弱な状態であるから,その充実に一層努力しなければなるまい。

 以上は学習するときの生徒のはたらきについて,特に注意を向けたいものをあげたに過ぎないのであって,その他は表に掲げたものを参照されたい。

 このように,あることを理解させるためには,生徒の種々のはたらきを使うことが必要である。理解のむずかしいものほど,はたらきの種類を多くして各方面から納得のいくようにはかるのである。どの問題にどのはたらきを使ったらよいかは,教師が主に選んでやることになる。

 このようにして生徒自身が多くのはたらきによって,多くの事実から一つの結論を見つけると,ここに始めて疑問が解決する。言いかえると最初に納得のできなかった事がらが納得できたことになる。ここで得られたものが生徒自身のものになった科学的知識である。

 同時にここまで来る道中において科学的な能力,科学的な態度が身について来るように指導するのである。

 三,整理及び活用の段階

 多くのはたらきを使って得られた結論をここでまとめさせる。低学年ではお話で終ったり,作った品物を整理陳列することで終ったりする。高学年になれば研究の結果を整理し摘要を作り,習得した事柄を確実なものにする。

 整理ができたら,これまでの研究の結果を発表させる。

 また研究の結果得られたことをもとにして,更にその応用活用の研究を心がけさせることは,理解をいっそう確実に,ほんとうに身についたものにする。そしてこれらの研究の結果もまた発表させる。

 このような研究の発表には,報告書の形になることもあり,製作品となって現われることもあり,また発表会を催して,教師学友または父兄等に聞かせたり,質問を受けたり批評を受けたりする機会を作るのもよいことである。

 以上は学習指導の四段階について概略を説明したのであるが,一つの単元の指導がこの型にはまって動きのとれないようなものになっては困る。長い期間にわたる大きな単元のものでは,このような四段階がいくつかこきざみに割りこみ,最後に大きくまとめるという型も生れてくるであろう。

 また自然界の変化をいろいろな季節にまたがって観察するような場合には種々の単元(例えば一,二,三‥‥)の学習が平行して交互に進行することも起こる。

(例えば一,――二,――二,――三,――,――三,――二,‥‥)

 次に整理及び活用の段階のよい指導の例を参考のため示してみよう。これは算数の例であるが,趣旨は同様であるから引用した。

 (昭和21年11月19日少國民新聞(東京)より引用)

 「木の高さ」小笠原佐輔,小笠原正雄,中村進,堀川由雄,田名部政実(青森縣八戸市下長校初等科4年生)
 
 10月30日−1学期の算の時間に地面に1mの竹をたて,その影が1mになった時,木の高さをはかったことがあった。今日はポプラの木の高さをはかって見ようと思って,1mになるのをまっていたが,いつまでたっても1mまでちぢまらなかった。そこでぼくらは次の二つのことを研究することにした。

 (1)竹の影が1mにならなくても木の高さをはかること。

 (2)前には竹の影が1mより短かくなったのに,今はならないわけ。

 10月31日−朝学校へ来たら竹の影が2mと何cmかあった。そうしたら佐輔君が「竹の影が2mになったとき,木の影も高さの2倍になっているわけだ。」といって円をかいて見せた。まもなく竹の影が2mになったのでさっそく木の影をはかったら48mあった。そこで,48m÷2=24mであることがわかった。つぎに(2)のわけを考えたが,わからなかったので先生におききしました。すると「夏は日が家の中によけいはいらないのに冬はずっと中まではいるでしょう。このことからよく考えてごらんなさい。今日は30分おきに竹のかげの長さをはかってグラフをかいてごらんなさい。そしてこれから1箇年の間このようなグラフをかいてごらんなさい。そうしたらきっとわかるでしょう。」といわれた。ぼくたちは来年までかかってこの研究をするつもりです。(グラフは10月31日の9時から15時までの影の変わり方)