第四章 算数科・数学科の指導法

 

@ 学習段階に応じて,教材を選択すること A 概略の形・大きさを用いること。 B 対応観念を用いること。 C 各種の数の意味を明らかにすること。 D くりかえし練習を積むこと。 E 四則算法の意味を明らかにすること。 F 四則算法の間にある関係を明らかにすること。 G 計算過程の合理化をはかること。 H 計算において,よりよい方法を用いること。 I 力の意味を明らかにすること。 J極限の観念を明らかにすること。

 

@ 学習段階に応じて,教材を選択すること

 子供は最も簡単かつ具体的な経験をもとにして生活している。しかし,子供は自分の自然な成長に促がされて,いつまでも同じような生活にとどまっていられない。教育は,この供の欲求してくる機会をとらえて,熟練した人が行うような抽象的な思考過程に至らせるものであるといえる。したがって,学習は教育者がなかだちになって,生徒が自分の力で切り開いていく個人の進歩であると考えられる。

 

A 概略の形・大きさを用いること

 具体的な経験から素材を選んで,それを数や言葉で表現する場合に,表現されたものはどこまでも,概略の大きさや形に止まるものであるといってよい。

 これが有効な表現として人間生活に意味を持つのは,目的に達するような精度において表現されているからであるといえる。そこに数学における正確度ということと,その制約が問題となるのである。

 以上のような諸点に十分な理解がない場合には,教育によって培われた数学的な能力は,無意味な計算しかできないものとなる恐れがある。いわば,社会生活から切り離された,数学の世界にだけしか通用しないものとなるだろう。数学的な能力が社会生活に対して,大きな力を持つことができるためには,上に述べたような観点から指導されなくてはならない。

 

B 対応観念を用いること

 算数は,日常の色々な現象を数や量や形に関係して調べていくものであるが,量は数に対応させて処理していくことができる。故に,処理するということを考えるには対応させる能力は欠くことのできないものである。この能力を養う留意点を二三述べてみよう。

 更に図形を考えていく場合においても,対応させるという考え方は重要であって,合同な図形や類似な図形を取り扱う場合における根本になる考え方であることはいうまでもない。

 

C 各種の数の意味を明らかにすること

 数は,数学史によって明らかな如く,正の整数が基となって,次第に発展したものである。これをいろいろの立場から考察することによって,いろいろな数のはたらきというものを,次第にわからせることができる。次にその二三の立場を示してみよう。

 まだいろいろな数系統の見方が考えられるであろう。要は,生まれた数には,それぞれの持場というか,特殊な働きがあるから,それを使いこなしていくようにしていきたいものである。

 もしもこれを忘れて,単なる形式計算に終始するならば,数が十分理解されないばかりでなく,社会において十分に活用されずにすんでしまうであろう。

 

D くりかえし練習を積むこと

 くりかえし練習を積むことは,具体的な処理において,計算が子供にとって精神的な抵抗にならないようにするためである。

 ここで精神的な抵抗にならないというのは,計算処理の過程において,論理の段階に支障を起さず,更に大略を見透すことができるだけの,精神的なゆとりが生まれてくるような状態にあることを意味する。

 くかえし練習をする際に,次の二つの点に留意すべきである。

 

E 四則算法の意味を明らかにすること

 加減乗除は,社会に於ける各種の問題を,数・量・形について処理をする場合におけ最も基本的でかつ簡単な方法である。

 加法は“全部でいくつになるか”“全体はいくらか”という形の質問に対して行われるものである。即ち,一群のものがある時それに他の群を添加する場合か,あるいは二群の物が同時に存在するときに,その二群の物を一つの群にまとめる場合に用いられる計算である。

 減法は一つの数を持つていて,その一部分を知っているとき,他の部分を知る場合に用いられる計算であるといえる。実際指導においては,“幾つ残っているか”“幾つなくなっているか”“その差はいくつか”“もう幾つ必要か”の四つの質問の形式によって表わされる。しかし,いずれにしても,引算は一つの群が考えられたとき,その一部分がわかっていて,他の部分を一つの群にまとめる場合に,その群を数で表わすことであるといえる。

 乗法は加法と同じような形式で提出された質問に対して行われる計算である。つまり,同じ数を繰返して加える場合に加法または乗法が用いられ,等しくない数を加える場合には加法が用いられる。

 除法は次のような形式の質問に対して行われる計算である。即ち,一つの数が他の一つの数を何回含んでいるか,“一つの数を幾つかずつに分けたとき,その分けられた各部分は幾らか”の二つの形式である。

 第一の場合は,二つの群が与えられたとき,その一方が他一方と同等な群を幾つ含むかを計算するためのものである。これを包含除という。第二の場合は,一つの群を与えられた幾つかの同等な群に分解するためのものである。これを等分除という。いずれの場合でも,一つの群をいくつかの同等な群に再構成するのである。

 以上四つの算法は,互いに関係をもっているものであるが,また,独自な立場を特つことを,実際指導に即して,明らかにすべきである。

 

F 四則算法の間にある関係を明らかにすること

 四則算法の間にある関係を理解させるには,加法と減法,乗法と除法,加法と乗法,減法と除法というように,二つずつを組にして考えるがよい。

 

G 計算過程の合理化をはかること

 計算過程の合理化ということは,各種の算法についていえることである。ここにその大要をしるしてみよう。

 

H 計算において,よリよい方法を用いること

I 力の意味を明らかにすること

 子供は,いろいろな場合に,力という言葉を使っている。このとき,何らかの方法で,その大小を直接にくらべたり,あるいは数字などで表わしたりして,間接にくらべたりする。力学で考える力についてもまた同様で,綱引とか,押し合うとかなどして,直接にくらべる場合もあれば,何キログラムの物を持ち上げる力などといって,間接にくらべる場合もある。

 力学で考える力についても,その大きさを力学的に定義してきめたものとして,子供に考えさせるべきではないであろう。持ち上げる力,引く力,あるいはそのような力におきかえたものとして,考えさせるべきであろう。いい換えれば,重さによって表わし,筋肉に訴えた感じで,その大きさを知ることのできるものとして,力の大きさを考えさせるべきである。この力の大きさの表わし方は,これは自然科学史を見ても明らかであるように,自然的発生的である。近代の力学における力の法則がまだわかっていなかったエジプト時代などに,ころやてこを用いて,重い物を引いたり,持ち上げたりしていたことからもわかる。したがって,力に対する指導もまた発生的・感覚的に行われなければならない。もし,観念的に行われたならば,数や量を抽象的に取り扱った場合と同じく,子供に興味もなく,実際生活に使えるものとはならないであろう。勿論筋肉に訴えられた力だけでは,その表現力が困難であり,記述の方法として,ベクトルが用いられるようになるのは当然である。要は力の指導は,子供が筋肉に訴えて知っている力から出発し,子供の直観を生かしながら行うがよい。そして,力を子供の身近な量として考えさせて,だんだん抽象化していくことを,心掛けねばならない。

 力学教材を取り扱う際には,とくに,次のことに注意をするがよい。

 

J 極限の観念を明らかにすること

 極限の観念は,我々の日常生活において,無意識的に用いられている。これを数学的に見直し,その観念の理解を深かめるようにしなければならない。

 極限の観念については,昔から有名なアキレスとかめの問題,アルキメデスの求積あるいは正方形の対角線を有理数で表わそうとした問題などがある。最初これ等はいずれも,極限の存在を仮定して解決したか,あるいは極限の存在について懐疑の目を向けたのみであった。その後,極限があるかないかが問題となり,その存在を仮定することは厳密性をかくことに気が付き,極限の存在自身についても考えられ始めた。しかし,義務教育程度の子供で,極限の存在を問題にするのは,恐らく無理なことであろう。このようなことは,子供の智能の程度を超え,子供の興味を減じ,子供にとって不自然なことである。故に,直観的に極限の存在を仮定し,その極限を用いて,色々なことがらを処理する程度に,その指導を止めるのがよいであろう。